2015年12月にストレスチェック制度が義務化となり、早くも10年目を迎えます。制度の開始以降、実施する企業の割合は年々増加していますが、ストレスチェックがうまく活用されておらず、形骸化しているケースも少なくありません。このような状態では、従業員も経営層も「意味のない取り組み」と捉えてしまいます。今回は、ストレスチェックが”意味ない”と思われてしまう原因や、ストレスチェックを効果的に活用していく方法、実施時の注意点について解説します。

目次
ストレスチェックとは?

はじめに、ストレスチェックの対象や義務など制度の概要についておさらいしておきましょう。
ストレスチェックとは
ストレスチェックとは、働く人が選択回答式のストレス質問票に回答し、集計および分析を行うことで、自分のストレス状態や職場のストレス要因などを調べる簡単な検査です。「従業員のメンタルヘルス不調を未然に防止する」「職場環境の改善」という2つの目的のもと実施されます。
ストレスチェックの詳しい概要や調査票サンプルなどは以下の記事をご覧ください。
ストレスチェックは年1回の実施が義務化されている
労働安全衛生法(第66条の10)および労働安全衛生規則(第52条の9)に基づき、常時50人以上(※)の労働者を使用する事業場は、すべての労働者に対して1年以内ごとに1回のストレスチェック実施が義務付けられています。従業員は、質問用紙やWEBの回答フォームなどを利用し、ストレスチェック調査票に回答し、事業者(企業)が調査票を回収します。
(※)2025年5月8日、衆議院本会議で『労働安全衛生法及び作業環境測定法の一部を改正する法律』が可決・成立し、5月14日に『職場のメンタルヘルス対策の推進』に関する法改正が公布されました。これにより、これまで従業員50人未満の事業場ではストレスチェックが努力義務でしたが、全ての企業に義務化されることとなりました。
参考:労働安全衛生法及び作業環境測定法の一部を改正する法律について
「ストレスチェックは意味ない」と思われてしまう理由

ストレスチェックは大きな意義のある制度ですが、なかには「ストレスチェックは意味がない」と誤解されているケースがあります。主な原因は次の4つです。
ストレスチェックに正直に回答しづらいから
まず、従業員の視点で意味がないと感じる原因の一つに、「ストレスチェックに正直に回答できない」という不安が挙げられます。「企業にストレスチェックの結果を知られたくない」「メンタルヘルス不調を抱えている従業員だとわかったら評価が下がるかもしれない」「高ストレス者と判断された場合の面談がめんどうだ」といった心理から、従業員が正確に回答せず、あえて良い結果になるよう回答するケースもみられます。
ただし、これらは誤った認識です。ストレスチェックの結果は、原則として受検した従業員本人と実施者、および実施事務従事者にしか共有されません。企業から従業員への周知が不十分だと、このような誤解が起こり得ます。
ストレスチェックを“受けっぱなし”になっているから
ストレスチェックを「受けっぱなし」「やりっぱなし」で結果を活用できていないことも、意味がないと思われる原因の一つです。従業員側が「ちゃんと受けたものの、自分の結果をどう捉えてどう改善したら良いかわからない」「ストレスチェックへの回答が何に活かされているかわからない」と感じていると、「回答しただけで職場が良くなるわけがない」と、ストレスチェックを無意味なものと捉えてしまうでしょう。
実際に、令和5年労働安全衛生調査(実態調査)を特別集計した「ストレスチェック制度 の実施状況(令和5年)」によると、ストレスチェックを行った企業のうち、集団分析を実施している企業が78.9%であったのに対し、集団分析の結果を活用していると回答した企業は63.8%と下がります。毎年ストレスチェックを実施していても、従業員に結果を「渡しただけ」集団分析結果を担当者が「見ただけ」、経営や現場に「報告しただけ」では、本質的な改善には至らず形骸化してしまいます。
参考:厚生労働省「ストレスチェック制度 の実施状況(令和5年)」
受検率が上がらないから
ストレスチェックは、対象者すべての受検が望ましいとされていますが、メンタルヘルス不調などで受検の負担が大きい従業員に課す必要はないという理由で、従業員に対して受検・回答を義務付けてはいません。厚生労働省の調査では、実際にストレスチェックの対象となった従業員のうち、8割以上が回答した事業場は77.5%です。受検率が上がらない背景には、忙しくて回答する時間がないケースや、ストレスチェックの目的を理解しておらず、「関心がある人だけが受けるもの」といった誤解が生じている場合が考えられます。
ストレスチェックを従業員が受検しないと、一人ひとりがストレスに気がつく機会がなくなるため、一次予防としての役割が薄れてしまいます。また受検する従業員が少なければ、集団分析の精度が落ち、分析可能な人数を満たせず適切な分析ができない状態になる可能性もあるでしょう。このような状態では、ストレスチェックは意味のない取り組みだと感じられてしまいます。
参考:厚生労働省「ストレスチェック制度の効果的な実施と活用に向けて」
高ストレス者への対応が難しいから

高ストレス者へのアプローチが難しく、対応が不十分になりやすい点も一因です。高ストレス者と判定された従業員本人から申し出があった場合、事業者である企業は医師による面接指導の場を提供する必要があります。しかし、本人から面接指導の申し出がない限り、企業側は高ストレス者の把握ができません。
面接指導を受けても形式的なもので終わる、また、医師から業務調整をするよう意見が出されても人員配置などの関係で実現が難しい場合があります。具体的な対処や支援が適切に受けられないと、ストレスチェックの価値そのものに疑問を抱くようになるでしょう。企業側も産業医と適切な情報提供の連携ができず、十分な事後措置ができないケースも存在します。
従業員が医師面接を拒否できるから
高ストレス者と判定された従業員が、産業医などによる医師の面接指導を受けるかどうかは、本人の意志に委ねられます。面接を受ける場合には、従業員が企業に対し「高ストレス者である」と申し出る必要があります。
しかし、「自分は大丈夫だ」「仕事が忙しいから受けなくて良いだろう」と結果を軽視している、「面接指導に抵抗感があって受けたくない」、「高ストレス者だと企業に知られれば何らかの不利益を被るかもしれない」などの不安から、面接指導の推奨を拒否する従業員も少なくありません。
ストレスチェックの目的

改めてストレスチェックの目的と効果を、以下2つの観点から詳しく解説します。
従業員のメンタルヘルス不調の未然防止
ストレスチェックの大きな目的の一つは、従業員自身のメンタルヘルス不調を未然に防ぐためにあります。検査をきっかけに、自分自身では気づきにくいストレスに気づいてもらうことで、セルフケアなどの行動を促します。つまり、ストレスチェックは実施するそのものに意義があるといえるでしょう。また、高ストレス者を見つけ適切なケアにつなげることも重要な目的です。ストレスチェックによってメンタルヘルス不調の兆しを早期に発見し、メンタルヘルス疾患の発症・悪化を防ぎます。厚生労働省の調査では、ストレスチェックを受検した半数以上の従業員が、「自身のストレスを意識するようになった」と回答しています。
従業員がメンタルヘルス不調を抱えたまま働いていると状態が悪化してしまい、解決に至らない場合には、休職や離職につながりかねません。さらには、トラブルや労働災害発生の危険性も高まり、ひいては訴訟リスクを招くおそれもあるでしょう。これらは組織の運営維持にも影響を与えうる懸念事項です。ストレスチェックは、従業員のメンタルヘルス不調によって引き起こされるさまざまなリスク低減にも寄与します。
参照:厚生労働省「令和3年度ストレスチェック制度の効果検証に係る調査等事業報告書」
職場環境の改善
もう一つの目的は、ストレスチェックの結果を部署やチームごとに集計・分析し、職場のストレス要因を可視化して、職場環境改善に活用することです。ストレスチェックの個人結果は、総務や人事担当者が従業員本人の同意なく自由に見られるものではありませんが、実施者に集団分析を行えば、データをマクロ的な視点で捉えられます。確かな”裏付け”を持った健康経営の取り組みは、職場環境の改善につながるでしょう。
ストレスチェックは実際に効果がないのか

ストレスチェックを効果のある取り組みにできるか否かは、前述のように受検する従業員の姿勢と、実施後の企業側の対応に大きく左右されます。その効果を最大化するためには、企業がストレスチェックの目的を正しく周知し、従業員の理解を得るのが重要です。加えて、適切な集団分析を行い、セルフケアの提案や職場環境の改善といった具体的なアクションにつなげられるよう、さまざまな方法のアプローチが大切です。次章で詳しく説明していきます。
ストレスチェックの効果を高める方法

ここからは、ストレスチェックの効果を高める方法をご紹介します。意義のあるストレスチェックを実施し、従業員の心身健康と職場改善につなげましょう。
ストレスチェックの重要性を啓発する
従業員が積極的に受検できる環境づくりの第一歩として、従業員に対し、ストレスチェックの趣旨や目的、意義について、具体的かつ丁寧に説明し、重要性を理解してもらいましょう。経営層やトップから全従業員に向けて発信する、受検の期間は部門長や各部署のリーダーが受検を推奨するなど、企業全体で積極的に取り組んでいく姿勢を示し続けることが大切です。同時に、ストレスチェックの個人結果を企業側が確認できない旨、かつ人事評価には影響しない、不利益は受けない旨をしっかりと周知し、正直に回答してもらえるよう促します。
すべての従業員が受検できる仕組みを整える
すべての従業員が受検できるよう、仕組みの整理も大切です。先述のように、ストレスチェックの回答を負担に感じ、受検しない従業員が多い場合は、実施時期や方法の見直しも有効です。業務の繁忙期と、ストレスチェック実施時期が重ならないように調整するなどの対応を行いましょう。
また、紙による回答は配布・回収に手間がかかるだけではなく、集計や分析にも時間がかかります。オンライン回答に切り替えれば、一連のプロセスをスピーディーにできる可能性があります。WEB化する場合は、フォロー体制をしっかりと整えておくとスムーズです。 特に一人一台PCがない環境の職場では、スマートフォンなど個人デバイスでの受検もできるようにすると、利便性が高いでしょう。他の従業員の回答情報や入力履歴を残してしまうリスクもないため、セキュリティ面でも安心です。
メンタルヘルス対策を経営課題として捉える
ストレスチェックは従業員が個々に受検するものであり、またストレスの感じ方には個人差があるため、ストレス対策やメンタルヘルスケアは個人の問題と捉えられがちです。単なる個人の問題として片付けてしまうと、従業員への適切なサポートや職場環境の改善にはつながりにくいでしょう。ストレスチェックを実効的な取り組みにしていくためには、職場におけるストレスやメンタルヘルス対策を「企業が主体的に解決すべき経営課題の一つ」として受け止め、向き合う必要があります。
集団分析の結果を活用し、改善に取り組む
ストレスチェック実施後の対応も重要です。企業側からのアプローチがなければ、従業員はストレスチェックを「受けっぱなし」になり、受検の意義が見いだせません。従業員に対し、ストレスやセルフケアに対する知識を深める研修などを実施すると効果的です。
また集団分析も作成・報告して終わりではなく、職場環境の改善に役立てるため積極的に活用しましょう。問題点をピックアップし、具体的にどう改善すれば良いかを検討し、実施、効果検証するPDCAサイクルを継続します。
現場へ分析結果をフィードバックする際は、部署やチームに対する批判・指摘と受け取られないよう注意が必要です。課題解決に向けた取り組みの結果は従業員にも発信し、本気度を示しつつ、従業員に改善を実感してもらい、ストレスチェック受検への意欲向上を目指します。ストレスチェックの活用方法については、以下の記事でも詳しく紹介しています。
専門家との連携を強化する

産業医や保健師、カウンセラーなどとの連携強化も大切です。事業場の業務内容や環境を知る専門家に意見をあおぐことで、より的確で効果的な改善策を打ち出せる可能性があります。また高ストレス者と判定された従業員を、スムーズに医師の面接指導につなげるという意味でも重要です。
外部サービスの活用を検討する
ストレスチェックは、計画から実施、その後の分析や改善施策の実行まで非常に工程が多く、またセキュリティの担保も課題となるため、完全な内製化の実現は困難が予想されます。より深い知識が求められる場合も少なくないため、専門知識を有した外部サービスの活用もおすすめです。
従業員個人に向けた具体アクションを提示する
従業員にストレスチェックを「受けっぱなし」になっていると感じさせないためには、結果の見方のポイントを解説する、希望者が利用できるカウンセリング窓口の存在を周知する、実際のカウンセリング体験談を紹介するなど、従業員個人として受検後に何をすべきなのか具体的なアクションを提示し、行動を促しましょう。また、ストレスチェック実施後のフォローとして、企業がどのような体制を整えているのかなどを説明する機会を設けることも大切です。
ストレスチェックの注意点

ストレスチェックを実施するうえでの注意点をチェックしておきましょう。
実施時期や方法に注意
従業員の負担感をやわらげるため、繁忙期や決算前後、人事異動などの時期を避けて実施しましょう。「忙しい時期のストレス状態」を知るには、あえて忙しい時期の実施も一つの方法ですが、受検率が下がる可能性があるため要注意です。また、受検方法は紙またはオンラインがありますので、職場の形態や状況に合わせて適切な方法を取りましょう。
“サーベイ疲れ”に注意
ストレスチェックは年1回の実施が一般的なため、翌年度までのフォローアップとして、合間の期間にパルスサーベイなどを行う企業も多いです。従業員のメンタルヘルス状態の把握、職場改善の効果測定などには有効ですが、サーベイの実施が頻繁になると現場の従業員と人事担当者双方にとっても負担が大きくなります。“サーベイ疲れ”を防ぐため、サーベイの一本化も一つの方法です。
個人情報の取り扱いに注意
記入済みの調査票やストレスチェック結果は、個人情報であるため取り扱いに注意しましょう。医師、保健師などストレスチェックの実施者、および実施事務従事者には法律で守秘義務が課されており、ストレスチェックの結果を本人の同意なく事業者に伝えてはなりません。また、実施者、実施事務従事者以外は、調査票の回収や結果の入力・送付に携わってはいけません。
ストレスチェックの結果や面接指導の記録は保管義務があるため、自社で保管する場合は、第三者が閲覧できないよう適切なセキュリティ対策を行います。一連の業務を外部サービスに委託する場合は、セキュリティ管理が十分であるかを確認しましょう。
従業員が不利益を受けないよう注意
ストレスチェックにまつわる結果や行動を理由として、従業員に不当な取り扱いを行わないよう注意しましょう。例えば、高ストレス者である点や面接指導の結果を理由に、解雇または契約更新をしない、不当な配置転換が行われるなどは禁止されています。また、ストレスチェックを受けなかった、面接の申し出を行った/行わなかった労働者に対する不当な取り扱いも禁止です。
【参考】
・労働安全衛生法(第66条の10の3)
・厚生労働省「心理的な負担の程度を把握するための検査及び面接指導の実施並びに面接指導結果に基づき事業者が講ずべき措置に関する指針」
ストレスチェックの成功事例

最後に、ストレスチェックの実施と効果的な活用に成功している企業の事例をご紹介します。
株式会社シー・キューブド・アイ・システムズ
株式会社シー・キューブド・アイ・システムズは、メンタルヘルス対策を経営課題として捉え、メンタルヘルス不調の「未然予防」を重視した取り組みに注力しています。具体例としては、ストレスチェックの結果と連携した支援として、従業員が安心して利用できるカウンセリング窓口の整備や、セルフケア学習コンテンツの提供などです。また、経営層も集団分析結果や医師面接、カウンセリングの件数を定期的に確認、把握し、組織全体でメンタルヘルス対策を推進しています。
詳しい内容については、以下のページにてご紹介しておりますのでご覧ください。
【導入事例】株式会社シー・キューブド・アイ・システムズ|C3IS
株式会社北川鉄工所
株式会社北川鉄工所は、メンタルヘルス不調による休業者が増えてきたことをきっかけに、メンタルヘルス対策の強化を実施しています。ストレスチェックの集団分析結果を踏まえて、目指す組織のビジョンや改善すべき課題を具体的なアクションプランに落とし込み、職場環境改善を行いました。また、ラインケア研修を管理職未満の従業員にも拡大したほか、ストレスチェックの個人結果・個人要因に沿ってレコメンドされる自分専用のセルフケアツールを導入するなどして、メンタルヘルス対策の裾野を広げる取り組みも行っています。
参考:こころの耳「株式会社北川鉄工所(広島県府中市)」
”やりっぱなし”を防ぎ、ストレスチェックを意義ある取り組みに

ストレスチェックは、メンタルヘルス不調の未然防止(一次予防)という目的があり、メンタルヘルス対策として大きな意義のある取り組みです。しかし、「受けて終わり」「結果を見て終わり」では、その効果の最大化ができません。ストレスチェックを有益なものにするためには、従業員一人ひとりに実施の趣旨や重要性を理解してもらい、積極的に受検できるよう環境を整えるとともに、結果を従業員・人事が最大限活用していくことが求められます。
集団分析の実施後は、改善に向けた施策の立案と実行、検証・改善のPDCAサイクルを継続し、職場環境の向上を目指すための歩みを止めないことが大切です。