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ストレスと上手に付き合うための認知的評価とコーピング:理論編

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新型コロナウイルス(COVID-19)の世界的な流行に伴い、私たちがこれまで築き上げてきた日常生活は一変しました。在宅勤務への切り替えや不要不急の外出自粛など、行動様式および環境に急激な変化が生じたことによって、多くの人々が新たなストレスに直面していることでしょう。

以前「【ストレッサー】私たちの日常生活に潜むさまざまなストレス原因に迫る」において、ストレスの原因(ストレッサー)となりうる事柄についてご紹介をしましたが、今回はストレッサーへの対処を考える上で役立つ理論についてご紹介します。

現在、あなたにとって一番ストレッサーとなっている事柄はなんでしょうか?

「休業によって収入が減ってしまった」「四六時中自宅にいるため、家族以外の人間関係が希薄になっている」「基礎疾患があるので人一倍感染しないよう気を遣わなければならない」など、おそらく人によってその回答は様々です。

また、同じような状況下にあってストレスが生じる人もいれば生じない人もいますし、ストレスが生じる場合でもその程度には個人差があります。このような違いは、いったい何によって生じるのでしょう。

心理学者であるLazarusとFolkman(1984)は、ストレッサーが直接ストレス反応やその後の疾病を引き起こすのではなく、認知的評価コーピングといった心理的な要因によって、心身に生じる変化も異なるという「心理学的ストレスモデル」を提唱しました(図1)。

心理的ストレスモデルのイメージ図
図1 心理学的ストレスモデルの概要(小杉ら,2002を一部改変)※1

認知的評価とは、ストレスの原因となりそうな刺激(潜在的ストレッサー)に対する個人の受け止め方のことであり、コーピングは、ストレッサーやそれによって生じるストレス反応への対処方法にあたります。

いずれも、ストレスとの上手な付き合い方を考える上では欠かせないものであるため、本記事において詳しく取り上げてみたいと思います。

認知的評価

認知的評価とは、ストレスの原因となりそうな刺激(潜在的ストレッサー)に対する個人の主観的な評価のことを指します。たとえば、「不要不急の外出を控えて、一日中自宅にいなければならない」という状況に対して、退屈で仕方がないとネガティブに捉える人もいれば、家でもできる新しい趣味を探す機会だとポジティブに捉える人もいます。すなわち、出来事に対する意味づけによってその後の感情やストレス反応の生じ方が異なります。
認知的評価は、評価の段階によって一次的評価二次的評価に分けられます。

認知的評価における1次的評価と2次的評価のイメージ図
図2 認知的評価における一次的評価と二次的評価

一次的評価とは

一次的評価とはその事柄が自分にとって脅威かどうかを判断する段階です。

I. 「無関係」   …刺激状況とのかかわりによって失うものも得るものもない
II. 「無害・肯定的」…刺激状況とのかかわりの結果がポジティブで、良好な状態を維持
III. 「ストレスフル」…刺激状況によって自身の価値・目標・信念などが脅かされている

「ストレスフル」な評価はさらに「脅威」「害・損失」「挑戦」のいずれかに進みます。たとえば、自分の価値や目標、信念などがすでに脅かされてしまった、もしくは今後脅かされる可能性がある場合には、「脅威」や「害・損失」と評価します。

このように、ストレスフルな状況に対処できない、すなわちコントロール不能であると評価すると、抑うつや不安、イライラといった急性ストレス反応が生じることがあり、何らかの対処が必要となります。

一方で、そのストレスフルな状況が自分に利益や成長機会を与える可能性があると判断した場合は「挑戦」と評価します。

Lazarusら(1984)によれば、「脅威」と「挑戦」は、それぞれにストレスフルな状況に対処するための努力を必要とする点が共通していますが、脅威が恐怖や不安、怒りなどのネガティブな情動によって特徴づけられる一方で、挑戦は熱意や興奮、好奇心といったポジティブな情動に特徴づけられる点で異なります。

ただし、一次的評価では、同じ状況に対して異なる評価が同時に生じたり、状況の展開や時間的経過によって評価の内容が変化したりする可能性もあります。

二次的評価とは

二次的評価とは、個人が直面している状況を「ストレスフル」と評価した場合に、その状況を処理したり切り抜けたりするためにはどうするべきかを検討する段階です。

この段階では、過去の経験や周りにある資源、その人の性格などに基づいて、いつ、どこで、何をどのようにすると最善な結果が得られるのかを考え、方針を立てます。

つまり、二次的評価では、あるコーピング方略を採用した場合に起こり得る結果や、その結果を導くための行動の実現可能性などに関して見通しを立てたうえで、どのコーピング方略であれば選択することが可能かを評価する段階と言えます。

なお、コーピング方略とは、ストレスに対処するために個人が取りうる具体的な手段・対策のことであり、詳しくは後述します。

一次的評価と二次的評価の違い

これまで、認知的評価には刺激状況がストレスフルなものであるかどうかを評価する一次的評価と、ストレスフルと評価された状況に対してどのように対処するかを検討する二次的評価があることを見てきました。しかしながら、「一次的」「二次的」という言葉は、時間的な前後関係や重要度を意味するわけではありません。

たとえば、新型コロナウイルスに自分も感染してしまうかもしれないという状況をストレスフルと評価し(一次的評価)、その状況に対してどのようなコーピングが有効かを検討することは(二次的評価)、一次的評価が二次的評価に影響を及ぼしていると言えます。

それに対して、新型コロナウイルスが流行している状況を、不要不急の外出自粛や生活習慣の見直しなどで「なんとか対処できそう」と評価(二次的評価)することで、その状況に対する脅威性(一次的評価)が低減する場合、二次的評価が一次的評価に影響を及ぼしていると言えるでしょう。

すなわち、一次的評価と二次的評価の間に優劣や時間的な前後関係はなく、相互に影響し合っているのです。

また、認知的評価は必ずしも意識的である必要はなく、たとえば、以前にも似たような状況を経験していた場合、過去の経験をもとにその状況に対して無意識的、直感的に評価を下し、コーピングのプロセスへとスムーズに移行することもあります。

コーピング

コーピング(coping)は「ストレス対処」と訳され、日常生活の中で私たちに負荷をもたらすと判断された外的・内的な刺激(ストレッサー)やそれによって生じるストレス反応を減らしたり、受け入れたりするために個人が行う認知的、もしくは行動的な努力のことを指します(Lazarus & Folkman,1984)。

さらに、Lazarusら(1984)は、その努力は常に変化するものである、とも述べています。コーピング方略にはさまざまな種類があり、その分類方法は研究者によって多岐に渡ります。

そこで今回は、ストレスフルな状況やその結果として生じるネガティブな情動に対して積極的にかかわっていく「接近型コーピング」と、それらをなるべく遠ざけようとする「回避型コーピング」という分類方法を元に、コーピングについて説明します。

接近型コーピングと回避型コーピング

接近型コーピングとは、ストレスフルな状況に対して積極的に取り組んで解決を目指すためのコーピングであり、以下のような方略が当てはまります。

● 問題点を明らかにし、解決策を考える
● 経験者にアドバイスを求める
● どんな物事にも必ず良い面があるはずだと探してみる

一般的に、接近型コーピングはストレッサー自体の解消を目指すものであるため、ストレス反応の低減に有効だと言われています。しかしながら、ストレスの原因の所在が自分以外にある、もしくは対処方法は分かっていても実行に移すのが難しい場合など、全てのストレッサーが解消できるものとは限りません。

解消できないストレッサーに対して働きかけを続けることで、疲弊してしまう恐れもあります。その場合は、ストレッサーから距離を置くことでストレス反応の低減を目指す回避型コーピングを選択することも必要となります。

回避型コーピングには、以下のような方略があります。

● 嫌なことをなるべく思い出さないようにする
● 自分の趣味を楽しむ時間を持つ
● 問題解決を先送りする
● ミスを他人のせいにする

回避型コーピングを用いることによって、ストレッサーに直面した結果として生じるネガティブな感情を解消することができます。

しかしながら、その効果はあくまでも一時的なものであり、根本となるストレッサーの解消には至っていません。そのため、回避型コーピングは不適応であると捉えられることも多く、ストレス反応の増加に影響を及ぼす可能性も指摘されています。

以上のことから、接近型と回避型はどちらか片方を用いるだけでは、全てのストレスに対処することは難しいでしょう。過去の研究において、多様なコーピングを組み合わせ、状況に応じて柔軟に使い分けることの有効性が指摘されていることからも、両者を上手く組み合わせて用いることが重要なカギと言えそうです。

ここでは、回避型コーピングの適切な用い方に関する研究結果について少し取り上げてみましょう。森田(2008)は大学生を対象にストレス状況として対人場面と課題場面※2を設定し、回避型コーピングの適切な用いられ方を検討しています。

その結果、対人場面においては回避型を用いることで認知・行動的なストレス反応が減少した反面、課題場面においては回避型を用いることでストレス反応が増加する傾向が示されました。

森田はさらに、接近型コーピングの一種である問題焦点型コーピングと回避型コーピングの組み合わせについても検討しており、積極的にストレッサーの解決に取り組む合間に「息抜き」を意図して回避型コーピングを用いる場合、ネガティブな感情反応が有意に低下することを見出しています。

ようするに、行動レベルではストレッサーからの回避を選んだとしても、最終的な目標レベル(ストレッサーの解消を目指す)からの回避ではない場合は、回避型コーピングが有効ということになります。その一方で、積極的な取り組みが無効であることを認識しながら消極的な意味合いで回避型コーピングを用いる場合には、かえってストレス反応の増加に繋がる可能性が示されました。

したがって、回避型コーピングは、以下のように用いることが有効であると考えられます。

● 対人場面で用いる
● 接近型コーピングによる積極的な問題解決の合間に、「息抜き」を意図して用いる

以上のことから、森田(2008)の研究では、どのようなコーピング方略を選択するかということだけではなく、「それがどのような状況で、どのように用いられるのか」といった文脈や意図を考慮することの重要性が示されたと言えるでしょう。

まとめ

今回は、ストレスと上手に付き合っていくための「認知的評価」と「コーピング」についてご紹介しました。

コーピングには、いわゆる何にでも効果を発揮する万能薬、というものはありません。いつ、どのような状況に対してどれくらいのストレスを感じるのか、ストレスのツボとでも呼ぶべきものが人によって異なるように、その人に合ったストレスへの対処方法も異なります。

大事なことは、自分に合ったコーピングを一つでも多く知り、コーピングのレパートリーを増やすことでしょう。そうすることで、ストレス状況に応じてコーピングを使い分けたり、組み合わせたりすることができるようになります。

さらに、それらを実際の生活で活用できるように日頃からコーピングを意識して使う練習をしておけば、ウィズコロナによる新しい生活様式への順応においても、ストレスを未然に防いだり低減させたりすることに役立てられるでしょう。

※1 認知的評価の二次的評価を元に採用したコーピングが不適切であった場合には、認知的評価の段階に戻ってストレス状況に対する評価を修正(再評価)し、異なるコーピングを選択するという可能性も起こりえる。そのため、一連のプロセスにおいて、認知的評価とコーピングは相互的に影響しあっていると考えられる。
※2 森田(2008)では、大学生のストレッサーとして「人間関係」と「勉学」が上位を占めているという尾関ら(1991)の知見を受けて、ストレス状況として対人場面と課題場面が設定されている。

引用文献
Lazarus, R. S., & Folkman, S. (1984). Stress, appraisal, and coping. Springer publishing company.
小杉正太郎 編著 (2002). ストレス心理学―個人差のプロセスとコーピング 川島書店
森田美登里. (2008). 回避型コーピングの用いられ方がストレス低減に及ぼす影響. 健康心理学研究, 21(1), 21-30.
尾関友佳子, 原口雅浩, & 津田彰. (1991). 大学生の生活ストレッサー, コーピング, パーソナリティとストレス反応. 健康心理学研究, 4(2), 1-9.

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【筆者プロフィール】

中川紗江
株式会社アドバンテッジリスクマネジメント 調査研究部 研究員
ストレス科学・産業組織心理学・精神生理学が専門。嘱託・非常勤講師として同志社大学心理学部その他多数の大学・専門学校で心理学関連の講義および実習を担当(2015年4月~2018年2月)。また、京都府立医科大学神経内科および滋賀医科大学脳神経外科学講座で心理士として認知症患者を対象とした知能検査を担当(2009年4月~2018年2月)。分担執筆「感情制御ハンドブック」(2022年刊行)北大路書房

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