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【パワハラ対策の前に】パワハラが発生するメカニズムとは?背景にある行為者と職場の要因を解説

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2020年6月よりいわゆるパワハラ防止法(「労働施策総合推進法」の改正法)が施行され、企業にパワハラ防止に向けた対策が義務付けられました。また2022年4月からは、中小企業の事業主に対しても義務化が始まっています。

みなさまの職場でも、方針の明確化や防止研修を実施する、相談窓口を設置するなど、パワハラ対策の整備が進んでいらっしゃるのではないでしょうか?パワハラはわが国だけの問題ではありません。国際的には以前より着目され、その発生メカニズムや悪影響についての研究も盛んに行われてきています。

国内ではパワーハラスメントという言葉を使いますが、パワーハラスメント(パワハラ)は和製英語であり、海外では職場でのいじめbullyingまたはmobbing)として表現されることが多いです1)。本記事では職場でのいじめをパワハラ注1と同じ意味で用います。

では、パワハラはどのようにして発生してしまうのでしょうか。そのメカニズムを知るために、パワハラ行為注2の原因およびその結果生じる影響まで網羅的にまとめられた、多層的相互作用アプローチによるモデル3)を紹介します。

このモデルでは、パワハラ行為の原因として、行為者の要因、被害者の要因、職場要因の3つに整理し、パワハラ行為の結果として、個人および集団への影響をあげて整理しています。これらの原因は相互に影響し、パワハラに影響するというモデルです。

本記事では、職場での対策に役立てるため、この中からパワハラ行為者の要因、職場要因の2つに絞ってお伝えいたします注3

パワハラ行為者側の2つの要因

まず、パワハラを行ってしまう行為者側の要因について紹介します。パワハラ行為に至る行為者の要因は、下図のようなモデルが提案されています。

パワハラ行為者の要因モデル

パワハラ行為の直接の引き金として感情の発散や表出があり、さらに、パワハラ行為者はそうした感情を抱きやすい特徴をもともと持っている傾向があるということがこれまでの研究で明らかになってきています。

このようにパワハラ行為のメカニズムを分割して捉えると、どういった予防戦略が有用か検討しやすいため、それぞれについて詳しく紹介していきます。パワハラ行為の発生を起点としてそれを引き起こす直近の他者非難感情、そしてその感情の発生を誘因するパワハラ行為者の特性、の順で見ていきましょう。

まず、パワハラ行為の引き金となる感情について簡単に解説します。ここでの感情は、他者非難感情(または道徳感情)と呼ばれるもので、具体的には、怒り、軽蔑、嫌悪などを指します。これらの感情が生じると、冷静に思考できなくなり、後先を考えずに行動することが多くなってしまいます。

まずはこうした感情が発生したときにすぐに気づき、うまく対処しパワハラ行為に結びつかないようにスキルを身に着ける必要があるでしょう。

次に、他者非難感情の発生につながるパワハラ行為者の特性について詳しく見ていきます。他者非難感情に結びつくことで起こる攻撃行動を予測する特性には、「怒り特性」「自己愛」「妬み」「攻撃性」「不公正さの認知」が知られています。

怒り特性:幼少期の早い段階から比較的安定して怒りを経験しやすい傾向(気質)のことです。怒りを経験しやすいと他者非難につながる感情の体験頻度も多くなり、パワハラ行為に至る機会も多くなります。また、ネガティブなイベントを体験したときに沸き起こった怒り感情が、それ自体はぶつける対象がない怒りであっても、他の従業員への嫌悪や軽蔑の感情を刺激してしまうことが分かっています。

自己愛:自身に対する過剰な関心と強い権利意識があり、強圧的で他者への共感性がなく、対人関係において搾取的な傾向があります。これまでの研究で、権利意識が強いと、自身の思い通りにいかない場合に怒りと嫌悪を体験しやすく、他者への共感性がないと、軽蔑感情を抱きやすいことが明らかになっています

妬み:自身と他者を比較してネガティブに捉えることや劣等感が、その比較となった他者への怒り、軽蔑、嫌悪感情につながり、実際の攻撃行動を引き起こすことが報告されています。

攻撃性:文字通り、攻撃性が高く対人葛藤を感じやすい人は実際に攻撃行動をしやすいです。攻撃性もまた他者非難感情につながり、これが攻撃行動に結びつくことが明らかになっています。ただし、自身の攻撃性に無自覚な人も一定数いるかもしれませんので、自己報告で答えてもらう方法では本当に攻撃性の高い人を特定しきれていない可能性もあります。

不公正さの認知:不公平感を刺激する出来事により不公正さを感じ、はじめは上司や組織に対して他者非難感情が生じ、これが他者への攻撃行動を刺激します。不公平感を経験することが多い職場では不公正さも強くなるでしょう。

以上のように、パワハラ行為の引き金となる他者非難感情、また行為者の5つの特性について解説してきました。
これらの改善を目指す対策の1つとして、パワハラ防止法の指針で望ましい取り組みとされているように、従業員が感情をコントロールする能力やコミュニケーションを円滑に進める能力等を向上させるための研修等を推進していくことが求められるでしょう。

また、これらの側面に着目した組織改善やパワハラ行為者の個別対応も、再発防止に役立つかもしれません。

職場におけるパワハラ要因

心理社会的に安全な職場風土ができていないことが、パワハラが起こる要因の1つになる可能性があります。特に、組織が従業員の心理的な健康と安全を守るための方針表明や、施策の実施を十分に行っていない場合に、実際パワハラ被害も多く見られるようです。

加えて、組織から守られていないと感じると、従業員が周りからのパワハラ行為に抵抗したり対処したりすることが難しくなり、パワハラ行為がよりエスカレートしてしまいます。

次に、公正で支持的なリーダーシップがないことも、パワハラの発生を予測します。従業員は、普段の業務でやり取りする上司のリーダーシップが、組織自体の意図を反映していると捉える傾向があります。したがって、上司のリーダーシップ行動が不適切であることで、従業員は組織から守られていないと感じ、パワハラの発生を防ぎにくくなります。

また役割葛藤と呼ばれるストレス要因は、一貫してパワハラ発生との関連が指摘されています4)。役割葛藤とは、2つ以上の期待が同時に1人に向けられて、一方の期待に沿おうとするともう一方の期待に応えることが難しくなることから生じるストレスのことを指します。

例えば、異なる関係者が含まれるプロジェクトAとBに参加している従業員では、Aでの要求とBでの要求のそれぞれに答えるためにマルチタスクが生じやすいと考えられます。この状況により、各プロジェクトにおいてその従業員が期待されるパフォーマンスをあげていないことを指摘される場合はこのストレス要因が該当します。

役割葛藤を感じる状況では、従業員本人および周囲の不満を助長させてしまう状態になりがちです。したがって、業務で求められる役割において、葛藤が起きやすかったり曖昧になりやすかったりする環境でも、パワハラが発生する可能性が高くなります。

適切なマネジメントなしに組織的にそれを放置し続ける職場はパワハラ発生リスクが高まりやすいといえるでしょう。

最後に、実証的な研究がまだまだ少ない側面ですが、職場風土によりパワハラの行為者-被害者双方がパワーバランスの違いを感じやすくなり、パワハラの増加に影響するという仮説もあります。すでに述べた心理社会的に安全な職場風土ができていない状態として、差別やハラスメント、機会均等に関する組織方針の明確化や周知が不十分だと、従業員は組織の中で立場が弱いまたは不利な条件にある者へのパワハラ行為を行う敷居が下がってしまうと考えられます。

また中央集権的な組織構造や階層的な関係が根強い組織においては、組織上の立場の違いにより生じるパワーバランスの不均衡について、同僚や部下へのパワハラ行為の正当化の根拠であると誤って認識してしまいやすい可能性があります。

つまり、職位が高いので部下に自分の感情をぶつけてもよいという誤った考えになりやすい可能性があるということです。これは考えたら当たり前のことかもしれませんが、改めて言葉にして周知することが有用と考えられます。

まとめ

今回は、パワハラ(職場いじめ)行為の原因と結果に関するモデルを紹介し、パワハラが発生するメカニズムとして行為者側の個人要因と職場要因をそれぞれ説明しました。おそらく、お読みいただいたみなさまにとって体感的にご理解いただけたのではないでしょうか?

パワハラの発生によって、被害を受けた従業員個人のストレスを悪化させ、ウェルビーイングを損なうだけでなく、組織の生産性や適切な運営にとっても悪い影響を与えるものです。そのため、パワハラ防止に向けた対策が中小企業にも義務化されたように、さらなるパワハラ対策を企業側は求められるようになると思われます。

企業がパワハラ対策へ取り組む姿勢は、良い意味でも悪い意味でも、会社からのメッセージとして従業員へ伝わります。今後、世の中の関心がさらに高まり、パワハラ対策に積極的に取り組む企業が増えるにつれて、より一層このメッセージ性は強まるでしょう。

パワハラの発生につながる個人要因と職場要因をともに正しく理解し、防止のための適切な取り組みにつなげていただければ幸いです。

注1:わが国においても、パワーハラスメントの行為類型が整理される前は、職場のいじめ・嫌がらせという言葉で表現されることが一般的でした 2)
注2:論文中では職場いじめと表現
注3:モデル中の次にあげる要素は、本記事では着目しません。まずパワハラ行為の結果である個人及び集団への影響については、好ましいものではないことは社会的にも認識が高まっています。従業員のウェルビーイングを高める観点からもパワハラ対策は必須といえます。次に被害者の特徴については事業主が基本的な防止対策を講じる観点からはあまり関係がありません(ストレス要因である仕事上の役割については職場要因の部分で取り上げています)。

1) 入江正洋(2015)職場のパワーハラスメント : 現状と対応, 健康科学 = Journal of health science, 37, 23-35
2) 厚生労働省(2012)職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告
3) Samnani, A. K., & Singh, P. (2016). Workplace bullying: Considering the interaction between individual and work environment. Journal of business ethics, 139(3), 537-549.
4) Zahlquist, L., Hetland, J., Skogstad, A., Bakker, A. B., & Einarsen, S. V. (2019). Job demands as risk factors of exposure to bullying at work: The moderating role of team-level conflict management climate. Frontiers in psychology, 10, 2017.

【筆者プロフィール】
堀内悠
株式会社アドバンテッジリスクマネジメント ミドルマーケット開発部
公認心理師。心理系大学院の修士課程を修了し、当社へ。
営業職としてミドルマーケット開発部に所属し、全国の中堅中小企業(主に従業員規模500名未満の企業)に対して、人事領域の課題へ各種サービスを通した支援を行う。

土屋政雄
株式会社アドバンテッジリスクマネジメント 上級研究員

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【筆者プロフィール】

土屋政雄
株式会社アドバンテッジリスクマネジメント 上級研究員
産業保健心理学を専門としてACT Japan:The Japanese Association for Contextual Behavioral Science 理事(2018年4月 - 2021年3月)やマインドフルネスやアクセプタンス&コミットメント・セラピーの専門家として講演等を行う。著作物(監訳) 『マインドフルにいきいき働くためのトレーニングマニュアル 職場のためのACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)』 星和書店

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