労働人口の減少や人材流動化が進む現代において、従業員の働きがいを高め定着を図ることは、多くの企業にとって重要な課題といえます。また、目まぐるしく変化するビジネス環境にもすばやく対応できる、自律的な組織への成長を目指すためには、従来のような「トップダウン」「主従のつながり」といった組織と人のあり方を見直す必要もあるでしょう。このような課題を解決する一つの方法として注目されているのが、エンゲージメント向上に関する施策です。今回は、エンゲージメント向上に効果的な施策のほか、施策を成功に導くためのポイント、企業事例などをご紹介します。
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●目次: エンゲージメントをUPさせるには?/EQとポジティブ感情の関係/まずは管理職のEQ強化が大事/EQはトレーニングで高めることができる/アドバンテッジリスクマネジメントのEQ向上研修
目次
エンゲージメントとは?

まず、人事領域における「エンゲージメント」の定義をおさらいしておきましょう。併せて、近年エンゲージメントに注目が寄せられている理由を明らかにしていきます。
従業員エンゲージメントとは?
従業員エンゲージメントとは、従業員が会社の方針や理念に深い理解・共感を示し、「この会社のために働きたい」「組織の役に立ちたい」という自発的な貢献意欲や情熱を持つことです。これは「会社への信頼の深さ」や「組織に対する一体感や愛着感」としても表現され、エンプロイーエンゲージメントとも呼ばれています。従業員と会社は主従関係ではなく、双方向が信頼し合う存在で、対等な立場に結びついているのが特徴です。
WTW(ウイリス・タワーズワトソン)の定義では、従業員エンゲージメントは会社に対する「理解度」「共感度(帰属意識)」「行動意欲」の3つで構成されています。
<従業員エンゲージメントの構成要素>
- 理解度:企業理念や価値観、組織のビジョンなどを理解し、共感している
- 共感度(帰属意識):自分は組織の一員であると自覚し、誇りを持っている
- 行動意欲:組織への愛着を持ち、組織のために自ら行動を起こしている
ワークエンゲージメントとの違い
ワークエンゲージメントは、個々の従業員が仕事に対してポジティブな心理状態を持つことです。仕事に対する「活力」「熱意」「没頭」の3要素で構成されています。あくまでも「仕事そのもの」に対する意欲であり、組織に対する愛着や貢献意欲は加味されません。そのため、ワークエンゲージメントが高く従業員エンゲージメントが低いと、「仕事自体は好きだが、会社は好きでもない」という状態になる可能性もあります。
一方、従業員エンゲージメントには「仕事に対する意欲」のみならず、「会社への愛着」「仕事に対する満足感」など、従業員と組織間の関係性も含まれているため、より多様で広範な概念といえるでしょう。
エンゲージメントが重要である理由
大きな理由としては、人材流動化の進行が挙げられます。バブル崩壊後の雇用情勢の変化とともに、日本の会社で慣例となっていた終身雇用制度が崩れ、年功序列の仕組みにも影響がおよびました。
また、近年は転職の捉え方も変容しつつあり、従来のような「ネガティブなもの」という印象は薄れています。長期雇用の保障が当たり前ではなくなり、キャリアアップを目的とした転職が一般的になってきました。このような状況下で、従業員の離職を防ぎ、長く働き続けてもらうには、組織とのつながりを強め、エンゲージメントを高める必要があります。
エンゲージメント向上施策8選

従業員のエンゲージメントを高めるために、企業はどのような取り組みを行うべきなのでしょうか。次に、エンゲージメント向上につながる8つの施策案をご紹介します。
企業理念・ビジョンの浸透
従業員に対し、企業理念やビジョン、パーパスをわかりやすく共有し、浸透を図りましょう。ミーティングや朝礼の機会、社内メッセージなど、経営層から丁寧かつ継続的に発信します。体験談やエピソードを交え、「物語」のように伝える「ストーリーテリング」などの手法を活用すれば、受け手である従業員に強い共感や印象を与えられます。
また、単に言葉として伝えるだけではなく、「この行動は理念に沿っているか」「迷った時にパーパスをよりどころとして意思決定ができているか」など、日々の業務の中でもそれらを意識できるよう、より具体的な行動基準に落とし込む工夫も大切です。
キャリア開発・スキルアップの支援
従業員のキャリア開発・スキルアップをサポートしましょう。例えば、この先のキャリアイメージを明確にするために、キャリアデザイン研修の開催も一つの方法です。また、メンター制度の導入や資格取得支援などを行い、従業員が成長できる環境を整える取り組みも有効です。会社が敷いたレールにのせてキャリアアップを促すのではなく、従業員が自らキャリアを切り開く姿勢を支援する意識が求められます。
人事評価制度・人員配置の見直し
公平で透明性の高い人事評価制度に、ブラッシュアップを行っていきましょう。「主観や印象で判断されているのではないか」「何を評価されているのかがわからない」といった状態では、従業員の意欲が失われてしまいます。
評価基準や配点ルールを明らかにするほか、成果だけで判断するのではなく、そこに至るまでのプロセスや挑戦度、理念の体現度なども組み込み、「頑張りが評価される」「納得感のある」人事評価制度とします。「360度評価」や「コンピテンシー評価」、あるいは「OKR」など、自社に合った手法の導入が大切です。
社内コミュニケーションの活性化
社内のコミュニケーションを活発化し、従業員同士のつながりを強化しましょう。心理的安全性が高く、話しかけやすい、相談しやすいという安心感は、仕事への前向きな意欲を引き出します。業務上のやり取りがスムーズになり、チームワークの向上も期待できるほか、ストレス軽減やハラスメント防止にもつながります。
<社内コミュニケーション活性化のアイディア>
- 他部署の従業員とも交流できるランチミーティング・シャッフルランチの開催
- 自由に席を選んで仕事をするフリーアドレスデーの開催
- サンクスカード(オンラインツールの場合はスタンプなど)でコミュニケーションの機会創出
- チャットツールなどに雑談専用のコミュニティを設置
ワークライフバランスの推進

一人ひとりの価値観を尊重した、多様な働き方を実現しましょう。育児や介護と両立したい、プライベートを充実させたい、資格取得のため大学に通いたいなど、さまざまなニーズに沿えるよう柔軟な働き方を認め、各々が理想とする働き方を実現できれば、従業員は前向きに仕事に取り組めます。制度を導入する際は、経営層が独断で進めるのではなく、実際にどのような制度が必要か、希望があるかなど、従業員の意見を取り入れながら検討しましょう。
<例>
- リモートワーク制度
- コアタイム制度(フレックスタイム制度)
- 時短勤務制度
- ワーケーション制度
- 兼業・副業の許可
フィードバックの適切な実施と習慣化
1on1ミーティングなどフィードバックの機会を定期的に設け、上司からアドバイスを伝える、上司と部下間で意見交換などを実施します。上司が部下の話に耳を傾け、成果や頑張りを認めれば、部下は「自分は必要とされているんだ」という実感を持てます。
部下が自らの成長を実感でき、自信を持って仕事に取り組めるマネジメントができるよう、管理職にフィードバックや評価の伝え方などを学ぶ機会があれば効果的です。
福利厚生の充実
法定外の福利厚生を充実させるのも、エンゲージメント向上の土台作りとして有効です。福利厚生はあくまでも外発的動機づけという立ち位置ですが、会社で働き続けるメリットとして、魅力的な福利厚生の提示は、生活が豊かになるという従業員の安心感や満足感、組織への信頼関係の向上につながります。福利厚生を検討する際は、自社や従業員のニーズに適した内容を選び、活用しやすい制度設計を意識します。
ここまで紹介した「やりがい」や「成長実感」を促す取り組みと併せてバランスよく取り入れましょう。すべてを手厚く整えるのは難しいため、優先順位をつけた上で試験導入からスタートし、利用状況や導入効果をみながら、効果の高い内容に絞り込み継続するのがおすすめです。
<福利厚生の例>
- 住宅手当・家族手当
- 特別休暇(アニバーサリー休暇・リフレッシュ休暇など)
- 社内の部活動・サークル活動への補助金支給
- 自己啓発支援(通信教育・セミナーなどの受講費、書籍購入費用の一部補助など)
- 資格取得支援(受験料の補助、合格時の報奨金支給)
- 健康維持・増進支援(健康診断のオプション検査の費用補助、ジムやフィットネスクラブの会費補助など)
EQの向上
EQとは、Emotional Intelligence Quotientの略称で、自身や周りの人達の感情を適切に読み取り、うまく扱う能力を指します。「感情知性」や「こころの知能指数」とも呼ばれます。仕事に対するモチベーションや、組織への帰属意識向上を目指すにあたり、その根底にあるのは従業員の“感情”です。この感情の左右によって行動変容が促されます。
EQが向上すると、職場における円滑なコミュニケーションや困難な状況への対処などさまざまな場面で役立ち、感情を常に良好な状態に引き上げる効果が期待できます。その土台があってこそ、さらなるやる気や組織への貢献意欲につながるのです。エンゲージメント向上と重要な関係性をもつEQを高め、ポジティブな感情を増やしていきましょう。
エンゲージメント向上施策の成功事例

続いては、エンゲージメント向上の関連施策に取り組んでいる企業の事例をご紹介します。
【人事評価制度の見直し】株式会社荏原製作所
風水力設備等を製造する荏原製作所では、グローバルでの事業成長を見据え、人事評価制度の見直しなどの人材施策を行っています。
<エンゲージメント向上施策の例>
- 役割等級制度をグローバル規模に拡大し、優秀な人材を早期に抜擢
- 後継者候補の棚卸しとして、すべての人材を社長がレビュー
- 経営層からの発信を増やし、コミュニケーションを活性化
参考:経済産業省「人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書~人材版伊藤レポート2.0~実践事例集」
【ワークライフバランス推進】株式会社ハンズ
日用品雑貨などを取り扱う株式会社ハンズでは、一人ひとりが働きやすい環境を整備するため、ワークライフバランスに関連する取り組みを行っています。
<エンゲージメント向上施策の例>
- フレックスタイム制度(2009年より)
- 社内ネットワークに接続できる環境とノートPCを用意し、テレワーク勤務制度を創設(2019年より)
- テレワーク推進の工夫として、部署横断型のチームを作り、定期的に意見交換を実施
- コミュニケーションを補う方法として、1on1を導入し標準化
- 申請・承認フローのWeb化、ペーパーレス化を実施し残業時間を削減
- 年間休日日数の増加、育児短時間勤務制度の拡充(小学6年生まで)
- 年次有給休暇の連続取得促進(年間5日または7日以上の休暇を年2回)
【キャリア形成支援】ロート製薬株式会社
医薬品製造業のロート製薬株式会社は、従業員の挑戦や自律的なキャリア形成を促進するためさまざまな取り組みを実施しています。
<エンゲージメント向上施策の例>
- 社外チャレンジワーク(複業)、社内ダブルジョブ(兼務)、社内起業家支援プロジェクト
- 自発的な学びの支援としてオンラインプラットフォーム「ロートアカデミー」を設立
- 転職・留学・家庭の事情などで同社を離れた従業員のカムバック入社を歓迎し、挑戦機会の提供と事業価値の創出を促進
参考:経済産業省「人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書~人材版伊藤レポート2.0~実践事例集」
エンゲージメント向上施策の取り組み方

自社でエンゲージメント向上施策に取り組む際の流れとポイントをチェックしておきましょう。
自社におけるエンゲージメントが高い状態を定義
エンゲージメントの尺度や具体的な基準は正式にはないため、何をもって「エンゲージメントが高い」と判断するのかは、企業によって多少異なります。そのため、まずは自社における「エンゲージメントが高い状態」を具体的な定義づけが必要です。
現状の課題把握
現時点でのエンゲージメント状態を把握し、課題や問題点を明らかにします。エンゲージメントサーベイを実施するほか、ヒアリングなどを通して現場の意見を吸い上げましょう。
<エンゲージメントサーベイの設問例>
- 自分の会社に誇りを持っていますか?
- 今後もこの会社で働き続けたいと思いますか?
- 自分の仕事が会社の目標達成に貢献していると感じますか?
- この会社を友人や知人に勧めたいと思いますか? など
エンゲージメント向上施策の立案・実行
前項で把握した課題の解決につながる施策を立案し、実行します。短期で解決できる課題と、中長期的な視点での取り組みが必要な課題にわけ、優先順位をつけて実施していきます。施策実行後の効果検証方法や基準となる指標も決めておきましょう。
効果測定・改善
施策の実行後は、必ず効果測定を行います。エンゲージメントサーベイなどを行い、前後の変化や改善の度合いを分析・検証します。施策の実施と効果検証・分析、改善のPDCAサイクルの繰り返しが大切です。
エンゲージメント向上施策を成功させるポイント

最後に、エンゲージメント向上施策を成功につなげるためのポイントをご紹介します。
調査や施策の目的を共有する
エンゲージメントサーベイやエンゲージメント向上の施策を行う際は、実施する旨だけでなく、目的や従業員側のメリットも含め、従業員に丁寧に共有しましょう。取り組みを継続的なものにしていくためにも、従業員の理解と協力は不可欠です。説明なくトップダウン形式での強行は、「調査をしたところで会社は変わらないだろう」といった不信感を招きかねず、かえってエンゲージメント低下につながる可能性があるため注意が必要です。
サーベイを活用する
エンゲージメントサーベイは、従業員のエンゲージメントを測定・可視化するシステムです。課題に応じた的確な施策の実行、改善という一連の取り組みを、継続して行うための支えとなります。サーベイの結果の共有も、従業員が取り組みを「自分ごと化」し、組織改善に協力していく意識の強化につながります。
自社の現状と課題に沿った適切な取り組みを

人材の流動化が進み、ビジネス環境や働く人の価値観も大きく変わりつつある中、従来のように主従の関係で人材をとどめるのは難しいと言わざるを得ません。従業員のエンゲージメント向上は、働く一人ひとりのやりがいや意欲を高めるだけでなく、自律的で成長性のある組織を目指すためにも欠かせない取り組みです。まずはエンゲージメントサーベイなどを通して現場の声を丁寧に汲み取り、現状と課題に即した改善策を打ち出していきましょう。