常時50人以上の従業員が働く事業場では、年1回以上のストレスチェックの実施が義務付けられています。しかし、受検結果を一定規模の集団ごとに集計・分析する「集団分析」は努力義務であるため、ストレスチェックを十分に活用できていない企業も少なくありません。ストレスチェックの結果を職場環境の改善に活かしていくためには、「集団分析」が大いに役立ちます。今回は、ストレスチェックの集団分析の概要や、効果的に活用するポイントについて解説します。
目次
ストレスチェックの集団分析とは

はじめに、ストレスチェックの目的を整理したうえで、集団分析の現状や必要性についてみていきましょう。
ストレスチェックの目的と集団分析の現状
ストレスチェックの主な目的は、「従業員自身のメンタル不調の未然防止」と「職場環境の改善」の2つです。実際、厚生労働省の「令和5年「労働安全衛生調査(実態調査)」の概況」では、ストレスチェックを受検した従業員の半数以上が、「自分のストレスを意識するようになった」と回答し、未然防止を目指すうえでの一つの役割を担っています。
もう一つの目的である「職場環境の改善」に向けては、ストレスチェックの結果をマクロ的なデータとして集計・分析し、確かな裏付けのもとに取り組みを進めていくことが求められます。しかし、このプロセスにおいて不可欠である「集団分析」は努力義務であり、実際に実施しているのは、ストレスチェックを行った事業場の約70%程度となっているのが現状です。
とはいえ、本来の目的を踏まえると、結果の分析を行うことは職場環境改善を進めていくうえでは欠かせないと言えます。ストレスチェック制度については、現在も国の検討会で議論が進められており、今後は集団分析も義務化していくのではないかという指摘もあります。
集団分析の必要性
ストレスチェックそのものは、労働者個人に対して実施されるものであり、個々の結果は人事や総務担当者が従業員本人の同意なしに自由に見られるものではありません。集団分析は、ストレスチェックの実施者が主体となって個人の結果を事業場単位で集計し、年代や性別、部署や職位などさまざまな観点から分析を行うものです。従業員のメンタルヘルス不調を防ぐためには、従業員個人の力では取り除くことの難しい「職場のストレス要因」にアプローチし、改善に向けた取り組みを進めていくことが必要です。
厚生労働省の「ストレスチェック制度の効果的な実施と活用に向けて」においても、
集団分析とその結果を活用した職場環境改善は、ストレスチェック制度の主目的である一次予防を推進するための重要な手段であり、労働者のストレスの原因となる職場環境を継続的に改善していくための重要なステップとなります。
として、集団分析の必要性を強調しています。
集団分析の対象となる人数
集団分析は、個人が特定されることを防ぐため、10人以上の集団で行うことが厚生労働省から推奨されています。10人未満の場合、事業者が集計結果を知るためには、集計・分析の対象となる従業員全員の同意を得る必要があります。
また、分析を行いたい集団におけるストレスチェックの合計点の平均値を用いる「仕事のストレス判定図」を使用するなど、個人が特定されない方法であれば3~9人の集団分析を行うことも可能です。その場合は衛生委員会などで調査審議し、社内規程として定めなければなりません。なお、2名以下は個人が特定される可能性が高いため、不適切です。
ストレスチェックの集団分析を行うメリット

そもそもストレスチェックは労働者個人に対して実施するものです。これに対して集団分析は、個人の結果を事業場単位で集計し、年代や性別、部署や職位といったさまざまな観点から分析を行います。集団分析をすることで高ストレス者が多い集団などを可視化できるため、職場環境改善活動において、注力すべきところがわかります。ストレスチェックの結果を活用するためにも、「行わなければもったいない」と言えるでしょう。
ストレスチェックの集団分析の実施手順

次に、集団分析の実施手順について、ストレスチェック実施の流れとともに簡単にチェックしておきましょう。
ストレスチェックの実施
ストレスチェックの実施までの流れは以下の通りです。
<ストレスチェック実施の流れ>
- 実施者の選定(産業医、保健師など)
- 実施事務従事者の選定(衛生管理者、メンタルヘルス担当者、産業保健スタッフなど※)
※人事に関する権限を持つ者は従事不可 - ストレスチェック導入に向けた準備(実施方法の検討や社内周知)
- ストレスチェックの実施・回答の回収(ペーパー、オンライン)
詳しくは以下の記事でもご紹介しています。
結果の集計・分析
ストレスチェックの受検後、回答を実施者が集計し、個々の評価判定を行います。その後、個人が特定されないように留意しながら、実施者が部署や職種、職位、年齢など、一定の規模の分析単位で集団分析を実施します。集団分析結果とその他定性的な情報も合わせて職場の状況を分析する他、過去のデータと比較し、ストレス状況の推移を見ることも重要です。
職場環境改善に向けた活動の展開
分析に基づいて、改善のための対策を立案、実施します。事業場の管理監督者が、取り組みの必要性を正しく理解すること、また従業員の意見も広く取り入れながら、無理なく施策を進められるよう検討することが大切です。職場環境改善には主に4つの型があります。組織の特性、課題感に合わせてどの方法をとるかを決定しましょう。
①経営者主導型 | 経営判断等として職場改善を実施。全社的に制度導入ができ、費用のかかる改善施策の実現可能性が高い。 |
②専門職主導型 | 外部の専門職を活用し、職場改善を行う。例:高ストレス者の割合が非常に高い部署に対して、カウンセラーが出張して全員にヒアリングを実施し、適切なケアにつなげるなど。 |
③管理職主導型 | データそのものをフィードバックの材料として管理職に共有し、現場主導で行う。管理職が自組織の集団分析結果を見て、アクションプランを検討する。 |
④従業員参加型 | 管理職だけでなく、職場のメンバー全員が集団分析結果を見て、全員でアクションプランを検討。成功した場合は高い効果が得られる可能性がある他、ストレス面だけでなくエンゲージメント向上や活性化にも寄与しやすい。 |
詳しくは以下の記事でもご紹介しています。
集団分析の評価方法と結果の見方

次に、集団分析の評価方法と、着目すべき結果についてみていきましょう。今回は「仕事のストレス判定図」を利用した評価方法をご紹介します。
「仕事のストレス判定図」を用いる方法
集団分析の評価方法は、ストレスチェックの質問票(ストレスチェック項目)により異なりますが、厚生労働省が推奨する「職業性ストレス簡易調査票(57項目)」もしくは「簡略版(23項目)」を用いた場合は、「仕事のストレス判定図」による評価が可能です。
「仕事のストレス判定図」ダウンロードはこちら
「仕事のストレス判定図」は「仕事の量的負担」「コントロール」「上司支援」「同僚支援」の4つの尺度の得点を計算し、全国平均と比較することで、自集団のストレスの特徴を捉える他、職場のストレス要因がどの程度従業員の健康に影響を与える可能性があるのかを総合的に判定します。
判定図は以下の2つの図からなります。
【量-コントロール判定図】
仕事の量的負担と仕事のコントロールに起因するストレス度を示します。
仕事の量が多くコントロールができない状況ほど右下に近づき、ストレスが生じやすい状況になります。

出典:厚生労働省「ストレスチェック制度を利用した職場環境改善スタートのための手引き」P11
【職場の支援判定図】
同僚の支援および上司の支援量から作られます。同僚と上司の支援が低いほど左下に近づき、ストレスは高くなります。

出典:厚生労働省「ストレスチェック制度を利用した職場環境改善スタートのための手引き」P12
「総合健康リスク」を判定
総合健康リスクは、先述した「量-コントロール判定図」と、「職場の支援判定図」から算出される健康リスクのことで、仕事の負担が従業員の健康にどの程度影響を及ぼす可能性があるかを示します。総合健康リスクの基準値は100で、数値が大きくなるほど健康問題への影響が懸念されるため、分析によってリスクが高いと判定された集団については、ストレス要因の特定や具体的な対応策を早急に検討することが求められます。
【健康リスクが高い判定がでた場合の対応方法】
総合健康リスクを下げる場合、「業務負担や裁量を調整する」「周囲のサポートを充実させる」という視点での取り組みが必要です。しかし、業務内容や繁忙期の問題、役職、コストなどの事情で、業務量そのものを減らしていくことは現実的に難しいでしょう。「周囲のサポート」に着目し、日頃から上司に相談できる、周囲に頼れるような環境づくりをすすめることで、仕事のストレス低減につなげます。
また、ストレスチェックで高ストレス者と判定された場合の対応方法は以下の記事で詳しくご紹介しています。
より踏み込んだ分析は外部サービスを活用するのも手
判定図を使用した集団分析は最も簡易的な手法であり、男女別に見ることはできますが、それ以外の切り口はなく同業他社との比較などはできません。より踏み込んだ集団分析を行いたい場合は、EAP企業をはじめとする外部機関を利用することが望ましいと言えます。メンタルヘルス対策に関する深い知見がある他、自社内だけでは難しい多用な分析ができることも利点です。
<EAP企業を利用するメリット>
- データの管理を含め、集団分析が容易に実施できる
- 業種別・他社・自社の過去データとの比較など、より踏み込んだ分析がスピーディーにできる
- ストレスチェックの実施段階からシステムを活用することで、人事担当者の負担軽減につながる
集団分析の実施・活用時のポイント

事業者は分析結果をもとに、ストレス要因とみられる問題についての改善策を検討・実施することが必要です。集団分析を行い職場環境の改善に取り組んだ企業では、次のストレスチェックの結果に良い変化が見られており、集団分析が非常に重要であるとわかります。職場環境の改善活動は、全社的なものであれば総務人事部門が、各部門部署によるものは各職場の管理監督者が主導して行いましょう。最後に、集団分析を職場環境改善につなげていくためのポイントをご紹介します。
集団を細分化して分析する
ストレス状況の詳細な把握、課題の明確化を目的として、個人が特定されない範囲で集団を細分化し、仕事のストレス判定図以外にもクロス分析、クラスター分析など、課題に合わせた方法を採用することで、より効果的な改善につなげます。分析結果は、自社の平均や全国平均などと比較して悪かった部分だけではなく、良かった部分についてもその理由を分析することで、ある集団における成功事例を別の集団で再現できるようになります。
集団分析の結果を共有する
事業者は、集団分析の結果を部課長級の管理職に展開し、結果を正しく共有するように努めましょう。集団分析の結果を共有することにより、結果が良好な部署や事業所からは工夫が学べる他、課題のある職場は対策の必要性を把握できます。また、前回実施時の結果と比較することで、改善施策の効果検証にも役立ちます。
分析結果を報告説明する際は、管理監督者への批評や批判と受け取られることがないよう留意しましょう。併せて、「集団分析から示唆される要因」をわかりやすく共有し、ポジティブな意識が醸成されるよう「職場の強みを伸ばすためのヒント」として有効な取り組みを伝えることが望ましいと言えます。
改善施策を立案・実行し、定期的に振り返りをする
分析結果、および現場の従業員などへのヒアリングによって把握した情報をもとに、優先順位をつけ、改善施策を検討、実施します。「マイナスをなくす」という問題点へのアプローチだけでなく、「どうすればより良くなるか」というポジティブな視点でも取り組みをすすめていくことが大切です。取り組み内容は従業員にも積極的に発信することで本気度が伝わります。定期的に効果検証と振り返りを行い、改善のPDCAサイクルを回しましょう。
集団分析を活用し職場環境の改善へ

職場のメンタルヘルス対策を進めていくうえで、ストレスチェックの活用は不可欠と言えます。集団分析は、職場の状況を詳細に把握できるだけでなく、データをさまざまな切り口、角度から比較することで、自社の課題が明らかになるため、職場環境改善の取り組みを精度高く行えます。結果から見えてきたストレス要因をどう改善していくか、どうすればより良い環境が実現できるのか、対策の実施と振り返り、改善のPDCAサイクルを繰り返しながら、中長期的な視点で施策を進めましょう。