ミスや予期せぬトラブルなどが起こり、苛立ちを感じてしまったという経験は誰もが持っているかもしれません。しかし怒りの感情をそのまま相手にぶつけてしまうと、その場の雰囲気を悪化させるだけではなく、円滑なコミュニケーションを妨げ、チームメンバーとの関係性を損ねてしまう可能性もあるでしょう。近年は、自分の怒りをコントロールする方法として「アンガーマネジメント」に注目が集まっています。今回は、アンガーマネジメントのやり方やメリット、具体的な実践方法について解説します。
●仕様:PDFファイル/12ページ
●目次:企業に求められるパワハラ防止の7つの対策/パワハラ教育実施にあたっての「望ましい取り組み」/パワハラ根本解決のカギ①~②/【番外編】一般従業員への教育 他

目次
アンガーマネジメントとは?

はじめに、アンガーマネジメントとは何か、またアンガーマネジメントの必要性を解説します。アンガーマネジメントへの理解を深めましょう。
怒りと上手に付き合うための心理トレーニング
アンガーマネジメントとは、怒りの感情と「上手に付き合う」ための心理トレーニングです。1970年代にアメリカで生まれたものとされ、もともとは犯罪者の矯正プログラムとして用いられていました。近年は、ビジネスや教育など幅広い分野で活用されています。
勘違いされがちですが、アンガーマネジメントは「怒らないようにする」ことが目的ではありません。「必要な場合は上手に怒る」「怒る必要のない場合は怒らないで済む」ことを目指すものです。すなわちアンガーマネジメントができる人とは、自分自身が抱える怒りの感情を受け入れたうえで、怒りの強さや放出の仕方を適切にコントロールできる人だといえます。
アンガーマネジメントの必要性
仕事が多い、プレッシャーがある、人間関係に悩みがあるなど、日々さまざまなストレスを感じながら仕事をしている人は多いかもしれません。ストレスを抱えていると、イライラしやすくなり、怒りっぽくなりがちです。
しかし、ついカッとなって感情に任せた発言をしてしまうことは、トラブルを引き起こしたり、ともに働くメンバーからの信頼を失ったりすることにもつながりかねません。怒りの感情に振り回されることを防ぎ、上手に対処していくためにも、アンガーマネジメントを学び、身につけることが必要です。
アンガーマネジメントが注目される理由

アンガーマネジメントが注目されている背景の一つに、パワハラ防止法の施行が挙げられます。厚生労働省の「パワーハラスメント防止指針」では、「パワハラ防止のために実施することが望ましい取り組み」として、以下のように言及しています。
・コミュニケーションの活性化や円滑化のために研修等の必要な取組を行うこと。
・感情をコントロールする手法についての研修、コミュニケーションスキルアップについての研修、マネジメントや指導についての研修等の実施や資料の配布等により、労働者が感情をコントロールする能力やコミュニケーションを円滑に進める能力等の向上を図ること。
アンガーマネジメントに関する施策は、これら取り組みを進めるうえでも重要なものです。また、人的資本経営や健康経営の推進といった文脈では、従業員の心身の健康を保つことの重要性が指摘されています。従業員一人ひとりが心身ともに健やかに働ける状態、職場環境を整えるという意味でも、自分の感情を上手にマネジメントするアンガーマネジメントを身につけることが大切です。
引用元:事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針
アンガーマネジメントを従業員が実践する効果

続いて、アンガーマネジメントを身につけ、実践することによる従業員自身へのメリットをご紹介します。
自己理解、ストレス軽減につながる
アンガーマネジメントでは、自分がどんなシーンで怒りを感じやすいかといった「怒りのパターン」を分析します。その過程で、完璧主義である、正義感が強いといった自分の性格についても把握でき、自己理解を深めることが可能です。良い部分だけではなく、悪い部分にも目を向けることで、自分が伸ばすべき点や、現時点で不足している部分が見えてくるでしょう。
また、アンガーマネジメントを身につける中で、自分の価値観の枠や視野が広がり、ものごとに対する捉え方が寛容になります。その結果、異なる価値観を受け入れやすくなり、ストレスの軽減につながります。
さらに、感情を適切にマネジメントできるようになると、怒りを抑えきれない自分へのイライラや、怒りに支配されることによる苦しみも緩和されるかもしれません。
心身の不調の未然防止につながる
「怒り」や「イライラ」といった感情によるストレスは、自律神経のバランスを崩す原因になることがあります。怒りは交感神経を刺激し、心拍数や血圧の上昇を引き起こします。その状態が続くと、高血圧や心疾患といった健康リスクを高める可能性も否定できません。さらに、ストレスはメンタルヘルスに悪影響を及ぼすだけでなく、胃潰瘍などの身体的不調を招く要因にもなり得ます。
「怒り」が直ちにこうした症状を引き起こすわけではありませんが、長期的には心身に悪影響を及ぼすリスクが高まります。アンガーマネジメントで怒りの感情に適切に対処する方法を身につけておくことは、こうした心身の不調の予防にもつながります。
適切なマネジメントができる
アンガーマネジメントを通じて「適切に叱る」スキルを習得することで、マネジメントがスムーズにできるようになります。近年はパワハラと訴えられることを恐れて、うまく叱ることができないと悩む管理職も少なくありません。感情のマネジメントが適切にできていると、管理職として部下に指示をする場合や、後輩の教育をする場合にも、冷静かつ的確に自分の思うことや伝えたいことを言葉にできます。
アンガーマネジメントの実践が企業・組織にもたらす効果

アンガーマネジメントの実践は、従業員個人のみならず企業・組織にもプラスの作用をもたらします。
コミュニケーションが活性化する
感情的に叱責する人がいると、報告すべきトラブルなどが生じてもスムーズに伝えられない可能性があります。アンガーマネジメントによって一人ひとりが自分の怒りを認識し、行動をコントロールできるようになることで、周囲とのコミュニケーションが取りやすくなり、風通しの良い職場をつくれます。怒りをきちんと受け止め、意見として適切な形で表明できるようになることで、周囲との人間関係を良好に保ちながらも、自己主張や意思伝達が可能となるでしょう。
ハラスメント防止につながる
アンガーマネジメントは、ハラスメントの防止にもつながります。かつては、厳しい言葉をかけて部下を奮い立たせることが是とされていた時代もありました。しかし現在は、冷静さを保てず、大きな声で理不尽に怒鳴りつける、感情に任せて人格を否定するような発言をする、といった行為はパワハラに当たります。組織に属する一人ひとりのメンバーがアンガーマネジメントを身につけることで、ハラスメントが生まれにくい環境をつくりやすくなります。
アドバンテッジリスクマネジメントでは、自らの無自覚な思い込み・固定概念への気づきから行動変容を促し、ハラスメント予防を強化する「無自覚ハラスメント防止研修を提供しています。「無自覚にハラスメントしてしまうリスク」への注意喚起と適切な言動のあり方を学びます。
チームの生産性向上が期待できる
組織の中に感情的に怒るようなメンバーがいると、本人も周囲も仕事に集中しづらくなってしまいます。アンガーマネジメントを身につけると、怒りに消費されていた気力や時間を仕事に向けることができるようになります。建設的なコミュニケーションの促進により、協力して仕事を進めたり、困った時に助け合ったりといった姿勢も生まれやすくなるのです。これらは、チームや組織の生産性向上にもつながります。
また、アンガーマネジメントによって個々の思考の枠が広がれば、多様な考え、価値観を受け入れられるようになります。さまざまなバックグラウンドを持つ人材の登用、活躍機会が増えることで、新しいアイディアやイノベーションが生まれ、組織がさらに成長していくことも期待できるでしょう。
怒りが発生するメカニズム

怒りの感情をマネジメントするには、そもそも、その怒りがどのように生じているかを知ることが大切です。ここでは、怒りが生まれるメカニズムと、注意したい怒りの4つの特徴について解説します。
怒りの感情が生まれるプロセス
前提として、怒りは人間が持つ基本的な感情の一つであり、悪い感情ではないという点を理解しておきましょう。怒りの感情は、自分の「こうするべきだ」「こうなるはずだ」という願望や期待と、得られた結果にギャップがあった、思い通りにならなかったような場合に生じるとされます。
心理学において怒りは第二感情といわれており、単独では表出しないとされています。第二感情とは、二番目に出る感情のことです。つまり、怒りの前には必ず別の感情が存在していることを示唆しています。例えば、「期待したような成果が得られず悲しい」「スケジュールに遅れが生じて困った」など、不安や悔しさ、虚しさ、苦しみといったネガティブな感情が、怒りの前段階で生まれていると考えられます。
注意すべき”4つの怒り”のタイプ
先述したように、怒りの感情そのものは否定されるべきものではありませんが、その怒りに以下のような傾向がみられる場合、何らかのトラブルの引き金となりかねないため注意が必要とされています。
①衝動的に激昂するタイプ | 大きな声で怒鳴るなど、怒りの感情を強く表出する |
②時間が経っても怒りの感情を忘れられないタイプ | 過去のエピソードを思い出しては怒りを再燃させる。長く根に持つことで恨みや憎しみの感情を抱くケースもみられる |
③いつもイライラしているタイプ | 常に何かのことで怒っている人、という印象を持たれてしまうこともある |
④他人や物に当たるタイプ | ドアを叩きつける、ものを投げつけるといった行動もみられる。 |
アンガーマネジメントの具体的な方法

ここからは、アンガーマネジメントを身につけるための具体的な方法についてご紹介します。
怒りを感じたら”6秒”待つ
アンガーマネジメントで重要なのが、怒りを感じた時の感情のマネジメントです。具体的な方法としては、怒りを感じたら6秒待ちます。怒りを感じると興奮状態になり、衝動的に強い言葉が出ることがあるため、6秒待って気持ちを落ち着かせることが重要です。6秒経っても怒りが収まらない場合もありますが、6秒間で一旦衝動を鎮め、冷静な思考を取り戻すことで、「売り言葉に買い言葉」といったような反射的な言動を抑えることができます。怒りを鎮める6秒のテクニックについては、次章で詳しく解説します。
自分の価値観を見直す
固定観念や偏った考えにとらわれていないか、自分の価値観を見直すことも重要です。自分にとって当たり前の価値観であっても、周囲や相手は異なる価値観を持っていることもあります。「自分の考えが正しく、相手が間違っている」「●●すべきだ」という思考が強いと、現実とのギャップが生じた時に、怒りの感情が生まれやすくなってしまいます。一般常識や倫理から大きく外れているようなこと以外は、自分の価値観の枠を広げ、”譲れる範囲”を大きくしていきましょう。相手を認め、許容できるようになれば、自分の価値観との相違を感じにくくなり、怒りを感じる場面が少なくなります。
「怒り」の感情を認める
自分の中にある怒りを否定することなく、受け入れることも重要です。怒りの原因・背景となりうるネガティブな第一感情に気づき、書き出して整理することも、アンガーマネジメントにつながります。
「怒り」を記録・分析する
「自分がなぜ怒ったのか」を記録し、分析することも大切です。「アンガーログ」と呼ばれる怒りの記録を取り続けることで、自分がどんな時に怒りやすいのか、そのパターンを可視化し、把握することができます。記録にはスマートフォンのメモ機能や日記を活用し、怒りの状態は、100点満点などで数値化しておくと良いでしょう。後から冷静な状態で自分の怒りを振り返ることで、怒りの原因をつくらない工夫ができたり、怒りが生まれてしまいそうな時の対処法を考えられたりするようになります。
また、「こんなことで怒っていたけど、振り返ってみれば怒る必要がなかったな」と、数値から客観的に判断できれば、今後同じようなことで怒りにくくなる可能性もあります。
自分の感情をうまく伝える方法を学ぶ
自分の感情をうまく伝える方法を学ぶことも、アンガーマネジメントの一つです。怒りの原因・背景となった一次感情に気づき、それを「I(アイ)メッセージ」で伝えることを意識しましょう。「Iメッセージ」とは、「私」を主語にして相手に気持ちを伝える方法です。
怒りの感情をそのまま伝えると、「何度言えばわかるんだ」「あなたが悪い」と、相手の行動を直接否定するような表現になってしまい、相手からの反発も強くなってしまうかもしれません。一方、「Iメッセージ」で伝えると、例えば「(私は)あなたのことを心配している」といったニュアンスが伝わり、相手を責めることなくマイルドな表現になります。
また、「次からはこのようにして欲しい」のように、具体的な要望を交えて伝えることで、衝突を避けた建設的なやり取りができるでしょう。
アドバンテッジリスクマネジメントでは、このように感情をうまく使い、対人関係能力を向上させる「EQ感情マネジメント向上研修」を提供しています。
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円滑なコミュニケーション手法に興味がある方は、以下の記事も参考になさってください。
怒りを鎮める”6秒”テクニック

続いては、アンガーマネジメントにおいて特に重要な、怒りの衝動をマネジメントする「最初の6秒」に対応するためのテクニックを5つご紹介します。
ストップシンキング:思考を止める
一つ目の方法は、怒りの感情に触れた時に、一度すべての思考を止めるストップシンキングです。怒っている時は、感情が過去や未来に向きがちで、「そう言えば前にも」「また今度も」といったような思考につながってしまうことがあります。そこで、心の中に、何もない真っ白な空間を思い浮かべ、強制的に思考を断ち切ります。また、文書やメールを見て怒りを感じた場合は、それらの画面を閉じてしまうことも有効です。
コーピングマントラ:怒りを鎮める言葉を唱える
もう一つは、コーピングマントラといって、心の中で怒りが鎮まる言葉や、自分が落ち着きを取り戻せる言葉を唱えることです。コーピングは「対処する」、マントラは「呪文、真言」という意味があります。例えば、「大したことはない」「大丈夫」「寝たら忘れるだろう」など、気持ちが落ち着く言葉であればなんでも構いません。また、「いつものことだ」「怒っていても無駄だ」「仕方がない」と、怒りから意識をそらす言葉でも良いでしょう。
スケールテクニック:怒りを数値化する

スケールテクニックとは、怒りを感じた6秒の間に、その怒りを数値化・点数化することです。アンガーログと似ていますが、こちらは怒りを感じた瞬間に数値化を行います。穏やかで、怒っていない状態を0、人生最大級の怒りを10として、今どの程度の怒りを感じているか、10段階などで数値化します。客観的な視点で自分の怒りを分析するために、怒りの感情から一瞬離れることで、冷静な対応ができるでしょう。
グラウンディング:「今ここ」に意識を向ける
グラウンディングとは、「今ここ」に集中し、怒りの感情から距離を置くことです。怒りの感情とは全く関係のない別のもの、例えばオフィスの外に見える景色、デスクにおいてあるボールペンなどに意識を向け、色や形を注意深く観察してみます。意識を別のものに集中させることで、怒りを鎮め、感情に振り回されにくい状態をつくります。
タイムアウト:その場を離れる
上述したテクニックを試しても怒りを鎮めることが難しい場合は、タイムアウトが効果的です。これは物理的に怒りの原因から離れる手法です。お手洗いで席を外す、後日改めて話し合いの機会を設けるなど、やや強引に怒りの感情から離脱させることで、怒りの感情がさらに増幅してしまうことを防ぎます。
アンガーマネジメントでコミュニケーションを改善

アンガーマネジメントは、怒りを抑え込むのではなく、怒りという感情に向き合い、受け入れ、うまくマネジメントしていくことを学ぶ心理的トレーニングです。怒りの感情に支配されてしまうことは、本人や周囲の集中力、モチベーションの低下を引き起こしかねません。しかし、日々さまざまな人と関わりながら生きていく中で、「怒らない」状態・環境をつくることは難しいものです。怒りやすい人が自分の性格を自覚・理解したうえでアンガーマネジメントに積極的に取り組めるケースも、なかなか少ないのではないでしょうか。そのため、職場の良好な人間関係の維持、コミュニケーションの改善、活性化を図るためにも、企業側が学びの機会を提供し、一人ひとりがアンガーマネジメントを身につけてもらうことが重要です。