パワハラ(パワーハラスメント)に対する問題意識が高まっているなか、部下から上司へのパワハラ、いわゆる「逆パワハラ」と呼ばれる行為がクローズアップされる機会も増えてきました。逆パワハラは、企業の秩序を揺るがし、組織運営に支障をきたしかねない大きな問題です。今回は、逆パワハラの定義や原因、逆パワハラを防ぐための取り組みについてご紹介します。
目次
部下からのパワハラ(逆パワハラ)とは?
パワハラの定義
厚生労働省は、下記3つの要素をいずれも満たすものを「パワハラ」と定義しています。
・優越的な関係に基づいて(優位性を背景に)行われること
引用元:パワーハラスメントの定義について 平成30年
・業務の適正な範囲を超えて行われること
・身体的若しくは精神的な苦痛を与えること、または就業環境を害すること
また労働施策総合推進法では、パワハラについて以下のように定義しています。
「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、その雇用する労働者の就業環境が害されること」
引用元:労働施策総合推進法の改正(パワハラ防止対策義務化)について 令和2年
部下からパワハラ(逆パワハラ)とは
部下からのパワハラ(逆パワハラ)とは、部下が上司に対してはたらくパワハラ行為です。一般的にパワハラは「上司が部下に対して行うもの」と認識されているかもしれませんが、厚生労働省はパワハラ行為の例として、以下のような「部下から上司」への言動も該当すると明示しています。
・同僚又は部下による言動で、当該言動を行う者が業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、当該者の協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難であるもの
あかるい職場応援団「ハラスメントの定義」
・同僚又は部下からの集団による行為で、これに抵抗又は拒絶することが困難であるもの
例えば転職や異動で新たに着任し、業務の情報やチームのルールなどの情報が少ない上司(=組織の中で不利、あるいは弱い立場)に対して非協力的な態度を取る、内容を教えないといった行為もパワハラとして認められます。
逆パワハラに該当する事例
逆パワハラに該当する行為例をいくつかご紹介します。
【指示を聞かない・無視する】
- 「あなたの指示は聞きません」など上司の業務命令に反発し、従わない
- 上司の存在そのものを無視する
【暴言・暴力・SNSなどでの誹謗中傷】
- 上司に対し「あなたは無能だ」「そんなことも知らないんですか」といった侮辱
- 上司の目の前で机を叩くなどの威圧的な行為をする
- インターネット上で上司の実名を晒したり、個人が特定できるような書き方で誹謗中傷をしたりする ※インターネット上で実名を晒す・個人が特定できるような書き方で誹謗中傷をしたり、虚偽の情報を発信したりすると、ハラスメントだけでなく名誉棄損罪が成立する可能性があります。
【複数人での嫌がらせ行為】
- 部下全員が上司に聞こえるように悪口を言う
- 「あの人の言うことは聞かなくていい」と部下が他の従業員をあおり、仕事の依頼を拒否する
- 上司が依頼した内容に対し、Aさんが「Bさんに頼んでください」、Bさんは「Cさんに頼んでください」など、悪意を持って上司をたらい回しにする
【ハラスメントの捏造】
- ハラスメントの実態がないにもかかわらず、気に入らない上司を陥れるために「ハラスメントがあった」と虚偽の申告をする
逆パワハラが企業に与える悪影響
セクハラやパワハラなどのハラスメントと同様に、逆パワハラも企業にとって大きなリスクとなり得ます。
例えば、逆パワハラの被害者である上司がメンタルヘルス不調に陥ってしまい、休職や離職を余儀なくされてしまった場合、そのチームのマネジメントも立ち行かなくなってしまうおそれがあります。
また、部下が指示に背くような行為が相次ぐと規律が失われてしまうだけではなく、業務遂行に支障が生じて生産性が低下したり、目標が達成できなくなったりします。さらに、使用者責任や安全配慮義務違反を問われ、企業が被害者から訴訟・損害賠償請求をされてしまうこともあるでしょう。
部下からのパワハラが起こる原因
ハラスメントに関する社内教育が不十分
ハラスメントに関する教育が不十分であることが挙げられます。上司に対する自身の発言や行動が、「逆パワハラに該当する」と認識・自覚できていない部下もいるでしょう。
一方で、上司側のハラスメント知識が十分ではなく、適切な指導ができないことが逆パワハラの原因となっている場合もあります。「パワハラに該当するもの」と「業務上必要な指導として認められるもの」の区別ができておらず、部下に対して毅然とした態度で指導できないために、部下が上司を見下すようになることもあるかもしれません。そのため、どんな立場の従業員にとっても、ハラスメントに関する教育や研修は必要と言えます。
価値観の変化・ハラスメント概念の浸透
部下が上司を評価する「360度評価」を行っている、年功序列制度を採用しない企業が増えているなど、立場や年齢に関係なく自由に意見を発信することが許容される、または求められる世の中になりました。かつては、上司などの年長者に対し反論することは許されないような時代でしたが、近年では「言うべきことは言ったほうが良い」という価値観に変化しつつあります。またハラスメント概念が浸透し始めている昨今では、社会全体としても上司から部下へのパワハラ行為に対して敏感になっています。
さらに注意や叱責に慣れていない若者が多いことから、些細な注意でもハラスメントと受け取られやすく、パワハラだと捉えられないよう、過剰に意識する年長者も増えてきました。その結果、部下の権利意識や主張が活発になり、なかには「上司に不満があればパワハラと訴えればいい」という意識を持つ人も出てきています。
上司のマネジメント力・指導力不足
上司のマネジメント力不足が一因となっている場合もあります。マネジメントでは、部下が置かれた状況などを把握し、仕事の割り振りや量の調整などが求められます。
ところが人手不足などの理由で、実務をこなしながら管理職として若手の指導やフォローを行わなければならないこともあるでしょう。その結果、部下の指導や教育が不十分であったり、コミュニケーションが適切に取れておらず、お互いの間で認識が共有されていなかったりすると、部下は上司に対して不満を感じてしまいます。適切な指導や助言をもらえないことで、マネジメント力が低い上司だと感じて、上司を下に見てしまうかもしれません。
雇用形態の多様化や流動性の高まり
パートやアルバイト、派遣など雇用形態の多様化に加え、定年後の再雇用が広がったことで、上司よりも年上の従業員が部下として働くケースが増加しています。先述したように、近年は年功序列制度を採用しない企業が多いことから若手の正社員が上司となり、経験値で勝るベテランの非正規社員などが部下になることも増えました。このような状況では、「正社員のくせに何も知らないなんて」と、知識や経験の少ない上司を軽視してしまう可能性があります。
また雇用の流動性が高まっていることで、他業種出身で業界経験の少ない人材が招かれ、上司として働くケースもあります。これも上司への反発として、逆パワハラが起きる原因です。
部下からのパワハラを防ぐための対策
部下からの逆パワハラは、組織運営の前提を壊しかねない重大な問題であり、未然に防止することが何よりも重要です。続いては、逆パワハラを防ぐための取り組みについてご紹介します。
全従業員を対象にハラスメント研修を実施する
全従業員に対し、ハラスメントに関する教育の機会を設けることが重要です。まずはハラスメント全般に関する正しい知識を持ち、どういった言動がハラスメントに該当するのかを知ることで、逆パワハラの認識・防止にも役立てられます。アドバンテッジリスクマネジメントでは、ハラスメント防止のための各種研修プログラムをご用意しています。
ハラスメント防止の社員研修プログラム
【全従業員向け】無自覚ハラスメント防止トレーニング研修
【管理職向け】パワハラ行動改善研修(EQ)
【管理職向け】職場の3大ハラスメント防止研修(管理職向け)
管理職を対象にマネジメント研修を行う
上司が部下に対して適切なマネジメントを行えるよう、マネジメント研修を実施します。目標設定や作業工程の管理、業務の割り振りなど、マネジメントに必要なスキルを身につけリーダーシップを発揮することで、部下からも信頼され、逆パワハラを生じさせにくい環境作り、関係性の構築につなげられるでしょう。
リーダーシップ開発研修(EQ)は、EQI®(行動特性検査)の結果を元に能力開発を行うリーダーシップ特化型プログラムです。
場面や相手に応じた、適切なリーダシップスタイルを発揮できるようになることを目指します。リーダーシップを発揮することで、逆パワハラが起きにくい環境づくりが可能となるでしょう。
指導に際し記録を残す方針を取る
逆パワハラが訴訟問題や外部機関が介入する問題に移行した場合には、証拠資料があるかどうかによって認定の結果が大きく変わる可能性があります。「言った・言わない」論を防ぐためにも、指導の際は記録を残す、指導内容を管理職内で共有するなど、企業として指導記録の方針を定めておきましょう。
【記録の取り方の例】
- メールやチャットなど、内容や日時が記録されるツールでやり取りする
- 口頭で行った指導や注意については、指導記録や報告書としてまとめる
- 複数名で指導をする/指導内容を共有する(上司が複数いて威圧された、という認識にならないよう留意)
部下からのパワハラが発生した場合の対応
ハラスメント対応の流れ
逆パワハラの申告があった場合は、企業としてきちんと事実関係を確認し対応しましょう。ハラスメント対応の基本的な流れは以下の通りです。
<ハラスメント対応の流れ>
- すみやかかつ正確に事実関係を確認する
- 逆パワハラの有無を判断する
- 調査報告書を作成する
- 被害者(上司)への配慮の措置を行う
- 加害者(部下)に対する処分等を検討・措置を行う
- 再発防止措置を講じる
組織として毅然とした態度で臨む
逆パワハラの加害者となる部下の中には、「上司に従わなくてもこの会社で働き続けられる」「罰則や処分を受けることはない」と考えている人もいます。ここで企業が逆パワハラに毅然とした態度で対応することにより、加害者に対し深刻さや重大さを認識させます。上層部を巻き込み、企業としての対応を話し合うことが大切です。
改善が見られない場合の措置
加害者に対し、逆パワハラへの指導を繰り返しても態度が変わらない、上司を貶すような発言が続く場合は、書面による業務命令を出して改善を命じるほか、懲戒処分を課すことも検討しましょう。処分内容については、これまでの指導・注意などを考慮して決定します。
また、被害者の上司が継続して加害者である部下のマネジメントを行うのは難しいことから、加害者と被害者を遠ざけるため配置転換を実施しても良いでしょう。
組織全体でパワハラへの意識を高めましょう
パワハラは上司から部下に対して行われることが多く、ハラスメント研修は管理職などの役職者を対象とするケースが多くありました。しかし、時代の移り変わりとともに働き方や価値観が多様化していることを背景に、部下から上司に対するパワハラも重大な問題として認識されつつあります。今後は、すべての従業員がパワハラに関する正しい知識を身につけ、パワハラ防止への意識を高めていくことが重要となるでしょう。