ウィズコロナでカギになる「心理的柔軟性」

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新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大により、世界は大きな混乱の中にあり、いまだ収束の予想がつきません。感染拡大防止のために人の動きが制限され、あらゆる場面で新しい生活様式を求められることとなりました。

私たち一人ひとりの生き方を変えたといってもよいかもしれません。数ヶ月前には予想だにしなかった光景を前にして、あらためてこの不確実な時代をどう生きていくのかが問われています。

本記事では、2020年2月にイタリアのエンナコレ大学教授であるプレスティらによって発表された論文「新型コロナウイルス感染症の流行時における恐怖の原動力:文脈的行動科学の視点」1) をもとに、ウィズコロナにおいて新しく変化する状況に適応するカギを解説します。

言葉の力がヒトの「苦悩」を生み出す

プレスティらは、新型コロナウイルス感染症流行の影響が、生物学的な側面にとどまらず、人々の心理的・社会的な側面により広範な被害をもたらしていることを指摘しています。

たとえば、マスク、消毒液、紙類といったものを必要以上に買い込むことで、感染防止や日常生活に必要な商品がなくなり、さらに不安が増大する事態が広く起こりました。

また、海外ではアジア人に対する偏見や差別が増えた地域も報告されていますが、これはウイルスとその流行地のイメージが結びついてしまったことから起きていると考えられます。

それでは、いったいどういう仕組みで私たちの中に恐怖や不安といった感情が広がっていくのでしょうか。

私たちの中に恐怖や不安といった感情が広がっていくのは、言葉の力によるものと考えられています。ヒトは進化の過程で言葉を手にすることができました。そのおかげで、直接経験することなしに、物事を関連づけて行動することが可能です。

たとえば、「できたてのホットミルクをなめると熱い」ということについては、イヌであってもヒトであっても、「ホットミルク=熱い」ということを関連づけて行動することができます。

ただし、イヌは「できたてのホットミルクをなめたら熱かった」と実際に経験することが必要なのに対して、ヒトは「できたてのホットミルクは熱いので、なめたら火傷するかもしれないよ」と言葉で教えてもらえば、ホットミルクをなめてみる経験は必要ありません。

同じように、「赤信号になっているときは道路を渡ってはいけません」と教えられれば、「赤信号になっているときは道路を渡らない」ということをヒトは理解し、行動することができます。

今回の新型コロナウイルスに関しても、「3つの密(密閉・密集・密接)を避けてください」という標語が掲げられれば、実際に3つの密によって自らが感染したことがなくても、多くの人々がその言葉に従いました。

このように、言葉という便利な道具があるおかげで、ヒトは危険から身を守ることができ、今日まで新しい文明を築き上げてきました。しかしながら、奇しくも言葉を使うことにより生み出されることになったのが「苦悩」なのです。

「苦悩」とは何か。それを説明するには、似て非なる言葉の「苦痛」から考えてみる必要があります。たとえば、新型コロナウイルスのニュースを聞き、おそらく誰もが「新型コロナウイルスは怖い」と感じたことでしょう。

このような思考や感情などは「苦痛」と呼ばれますが、ヒトは生きていく上でこの「苦痛」を避けることができません。しかも、ヒトの「苦痛」は、もともとの「苦痛」から広がっていく性質を持ちます。以下の例を見てみましょう。

・「“コロナ”と聞いただけで、不安や恐怖を感じるようになった」
・「もし自分が感染したら、同居する家族にもうつしてしまって大変なことになるかもしれない」
・「自分が感染したことで会社に大きな迷惑をかけた。仕事でも足手まといになっているし、みんなと比べて自分はなんてダメなやつなんだ」

先述したように、ヒトは言葉によって物事を関連づけることができます。そのため、対象とその性質(「新型コロナウイルスは、高齢者や基礎疾患のある場合に重症化するリスクが高いという性質があり、それで死亡することもある」)を考えるだけで、怖いという感情が引き起こされてしまいます。

死亡という単語から、自分や身の回りの大切な人の悲観的な未来まで想像してしまうこともあるでしょう。自分や誰かを他者と比較することで必要以上におとしめてしまうこともあるかもしれません。

つまり、言葉を持つことによって、もともとの「苦痛」よりも、はるかに大きな「苦痛」を抱えるようになってしまいます(この枠組みは「関係フレーム理論」と呼ばれます。詳しくは文献2)をご覧ください )。この「苦痛」に「苦痛」を重ねていくことを「苦悩」と呼ぶのです。

「苦悩」をもたらす行動を自分で選択している?

新型コロナウイルスが拡大していく中、ほとんどの人が少なからず恐怖、不安、心配などの「苦痛」を感じたことでしょう。これらはヒトが生きている以上、自然に起こる反応です。

一方で、このような反応は、自分の行動選択の結果として増加しうるというのがプレスティらの主張です。たとえば、新規感染者数や経済危機などのニュースを必要以上に何度も視聴するという行動、それは自らが選択したものです。

少しでも不安を和らげるために、情報を集めるという行動をとっているものの、それが新たな不安のきっかけを作ってしまいます。そして結果的に、恐怖、不安、心配などの「苦痛」が広がっていき、「苦悩」がもたらされるのです。

ヒトは「苦痛」を避けることができません。「苦痛」を避けようとすればするほど、それは増えていき、より大きな「苦悩」がもたらされることとなります。しかし、自身の行動は選択できます。もし「苦悩」に縛られ続けるのではなく、別の道を選択できるとしたらどうでしょう。

「心理的柔軟性」とは?

この数ヶ月間、これまでに経験したことがないようなスピードで環境が変化しています。先の読めなさは今後も続くことが予想され、恐怖、不安、心配といった「苦痛」ともうまく付き合っていく必要があります。

また、新しく変化する状況に適応していくことがよりいっそう求められることとなるでしょう。プレスティらは、こうした環境でカギになるスキルとして「心理的柔軟性」をあげています。

「心理的柔軟性」とは、「いま自分が行っていることに集中して取り組み、自分の思考や感情を客観的に見るために心のスペースを広げ、自分の大切にしたいことを目指す行動をとる能力」と定義されます3)

このスキルを高めることが、アクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT) * という心理療法で目指されています。

自分の思考や感情を客観的に見る、と聞くと難しそうなイメージを持つかもしれません。別の言い方をすると、自分の思考や感情と「距離をとる」ということを指します。

新型コロナウイルスの感染対策として、いわゆる「ソーシャル・ディスタンス」と呼ばれる「人と人との距離をとる」取り組みが推奨されたこともあり、「距離をとる(distancing)」という言葉はすっかり耳馴染みのあるものとなりました。

「苦痛」との付き合い方も同じです。心のスペースを十分に確保して、思考と自分(思考そのものと、それを思い浮かべている自分)、感情と自分(感情そのものと、それを感じている自分)との距離をうまくとることができれば、必要以上に苦しんだり、苦しみから逃れるために多くの時間を費やしたりせずにすみます。

自分の思考や感情を客観的に見るためには、日々の練習が不可欠です。まずは、自分の思考や感情以外のものについて五感を使ってよく感じてみましょう。

家の中の音、新鮮な空気の感覚、電話越しに聞こえる友人の声色、動画にあわせて踊るときの呼吸と心拍の増加、一口目と二口目のケーキの味の違いなどを十分に味わってみましょう。

その間に何か思考や感情が浮かんだとしたら、すぐにそれに対する評価や判断をするのではなく、ただ観察するようにします。(この考え方は「マインドフルネス」と呼ばれます。詳しい説明と練習方法はこちらhttps://www.armg.jp/journal/140-2/をご覧ください)

では、心理的柔軟性の残りの要素である「自分の大切にしたいこと」とはいったい何なのでしょう。

自粛生活で見えてきた大切なもの

感染拡大防止のための外出自粛期間で、生活はどのように変わったでしょうか。楽しみにしていたイベントが次々と中止や延期となったり、友人や離れて暮らす家族と会うことができなかったり、心にぽっかりと穴の空いた人も少なくないでしょう。

一方で、在宅勤務という新しい働き方によって、従来よりも効率よく時間を使えるようになり、新たな趣味や副業を始めたという人もいるかもしれません。

おそらく、どちらの場合も、この窮屈な生活の中で、「人生で本当に大切にしたいものや優先したいものは何か」ということに気づく瞬間があったのではないかと思われます。

家族と一緒にいたい、友人との親密な関係を続けたい、仕事を突きつめたい、健康に気を遣いたい、趣味に全力をそそぎたい、社会に貢献したい。この外出自粛期間によって、図らずも自分にとって価値あるもののために生きるチャンスを得たといってもよいでしょう。

「人生で本当に大切にしたいものや優先したいもの」。それが見つけられたら、いますぐにできることから始めるだけです。

5分早く起きる、1日1回ストレッチをする、寝る前に3ページ本を読むなど、これならできそうだと思えるものをやってみましょう。小さな行動を重ねることによって、価値あるもののために生きることに繋がります。

ヒトは、「苦痛」を抱えながらも、同時に自分が優先したいものに取り組むことを選択できます。この行動選択によって、「苦悩」に縛られ続けるだけではなく、よりいきいきと自分の人生を生きるために行動し続けることができるのです。

まとめ

新型コロナウイルス感染症というかつてない混乱の中で、ほとんどの人が少なからず恐怖、不安、心配などを感じる日々を過ごすこととなりました。

また、今後においても、先の見えない状況は続くことが予想され、いかに自身の思考や感情とうまく付き合っていくかが大切になってくるでしょう。本記事では、新しく変化する状況に適応するためのカギとして「心理的柔軟性」をあげ、2つのポイントを示しました。

第1に、思考や感情を客観的に見るということです。ちょうど私たちが実践してきた「人と人との距離をとる」のように、自身と思考、自身と感情との距離をうまくとることで、必要以上に苦しんだり、苦しみから逃れるための多くの時間を費やしたりせずにすみます。

第2に、外出自粛という環境で見えてきた大切なものや優先したいものに向けて、いますぐできる行動を始めてみるということです。そうすることで、不安などを抱えつつも、よりいきいきと自身の人生を生きることができます。

これから私たちの生活がどうなっていくのか、誰にも予想がつきません。しかし、こういうときだからこそ見える景色もあるのかもしれません。この記事が少しでもみなさまのこれからの人生のヒントになれば嬉しく思います。

* 認知行動療法の一種です。行動分析学に基づいており、文脈的認知行動療法とも呼ばれます。具体的には、「いま、この瞬間」自分の中にある思考や感情を受け入れながら(アクセプタンス)、自分自身が大切にしたいことに向かって行動パターンを作り上げる(コミットメント)ためのトレーニングです。

文献
1) Presti, G., McHugh, L., Gloster, A., Karekla, M., Hayes, S.C. (2020). The Dynamics of Fear at the Time of COVID-19: A Contextual Behavioral Science Perspective. Clinical Neuropsychiatry, 17 (2), 65-71
2) Torneke, N. (2010). Learning RFT: An introduction to relational frame theory and its clinical application. New Harbinger Publications.
(トールネケ, N. 山本淳一 (監修) 武藤崇 熊野宏昭 (監訳) (2013). 関係フレーム理論(RFT)をまなぶ 言語行動理論・ACT入門 星和書店)
3) Harris, R. (2019). ACT made simple: An easy-to-read primer on acceptance and commitment therapy. New Harbinger Publications.

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【筆者プロフィール】

戸澤杏奈
株式会社アドバンテッジリスクマネジメント 調査研究部 兼 組織ソリューション部
臨床心理士。2016年に立教大学大学院現代心理学研究科を修了後、新卒で当社に入社。主にデータ解析を担当しているほか、アクセプタンス&コミットメント・セラピーに関する研究や翻訳等も行う。 分担執筆『認知行動療法事典』(2019年刊行)

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