島津製作所との労使協調のもと、組合員のウェルビーイングを実現するために活動する島津労働組合様(以降島津労組)。共働き世帯の増加や働き方の多様化を背景に、育児と仕事の両立を支援する重要性を感じていた島津労組は、ARMからの提言を受けて、「EQ(心の知能指数)と子育て」「仕事と子育ての両立」をテーマとした組織開発ワークショップを実施しました。「お互いの子育ての悩みを話し合い、共感することでコミュニティ形成や関係構築につながると感じた」と話す島津労組の担当者に、実施までの経緯や狙い、またウェルビーイングを見据えた展望についてお話を伺いました。

副組合長 村田匡様(左)
組織活動部部長 小松佳奈子様(右)
[Corporate Profile]※各データは島津製作所
発足:1946年8月20日
組合員数:3,408人(2025年5月21日現在)
[Service Data]
実施時期:2024年〜
サービス名:組織開発ワークショップ
島津労働組合様のサービス実施のポイント ・労組だからこそできる組合員に寄り添った施策を模索していた ・業務上の能力開発だけでなく子育てにもEQを活用できることを評価 ・ワークショップを通じて組合員の意識変容や関係構築につなげたい |
目次
多くの組合員にとって子育てと仕事の両立は切実

――まずは、なぜ子育てがテーマだったのか教えてください。
労働組合の活動は、組合員の労働条件や賃金、社会的地位の向上が主な目的とされていますが、それだけではなく、現代では組合員の豊かな生活や人生を実現すること、エンゲージメントやウェルビーイングを重視することも大切だと考えています。
「社員(組合員)の人生を豊かにする」目的は同じであれど、会社と組合ではアプローチが異なります。1日24時間のうち、会社で働くのは8時間ほど。残りの16時間は自分のプライベートな生活だといえますが、会社では直接的に関連しない領域です。だからこそ、組合としてはその労働時間以外をケアすることで、組合員を支援したいという思いがありました。
では、組合員のどういった悩みや要望に対処すれば生活が豊かになるのか。色々と施策を考えているなかで、ちょうど反抗期のお子さんについて悩んでいる方から話を聞く機会がありました。そこで仕事だけでも大変なのに、子育ても手一杯となり、かなりストレスが重なっている状況を知ったんです。「あまり表に出てこなかったけれど、恐らく組合の多くの子育て世代が抱えている課題ではないか」と、改めて気づかされました。
また育児に着目した背景として、組合員のなかにも子育て世帯が増えているという事情もありました。島津製作所は創業以来、製造業という特性もあり男性の割合が多い会社でした。しかし現在は社会的に共働きが珍しくなくなり、母親である組合員も増えています。同時に、男性の育児参加への課題も生まれています。「仕事と子育ての両立は多くの組合員にとって切実なテーマではないか」「両立のために、子育ては母親が担うもの、というアンコンシャスバイアス(無意識の偏見)を取り払うところまで目指したい」という考えもありました。
そしてもう一つ、プライベートの悩みごとが業務パフォーマンス低下の遠因になることは、十分にあり得ることだと思います。会社が手を入れないプライベートの領域を組合が支援することで、業務上でも勇気を持ったキャリア選択やアクションを踏み出せることもあると思います。それこそ子育てに関していえば、「ある役職に手を挙げたいけど、育児との両立が不安で一歩を踏み出せない」「産育休から復帰できるか心配で、離職や職種変更を考えている」という人もいると思います。その悩みをケアすることで、個人だけでなく組織のパフォーマンス向上にもつながり、会社と組合それぞれの側面からウェルビーイングの取り組みに連動性とメリットが生まれ、相乗効果も出てくるのではと考えていました。

――EQを活用したワークショップ実施に至るまでの経緯を教えてください。
一括りに子育ての悩みといっても、乳幼児のイヤイヤ期から小学生、中学生の反抗期など、各フェーズによって困っている要因は異なるでしょう。それぞれに対処法や解決へのアプローチも変わると思いますが、自分や家族の「感情」を起点としたアプローチは皆にとって何かヒントになるのではないかと考えました。
そこで以前ARMさんにEQ(心の知能指数)に関する検査を実施していただいたことを思いだし、「組合員の子育ての悩みの解決を支援したい」と相談したところ、「EQは子育てにも応用できますよ」とご提案いただきました。これが、ワークショップ実施のキッカケとなりました。
EQの有用性は以前の検査で実感していました。組合の執行部は2年ごとの改選でメンバーが変動するのですが、それゆえにどうしてもチームビルドが難しくなります。そこで、執行部内のコミュニケーションの質を上げたいと考え、ARMさんを通じて2021年にEQについての研修や検査を受けたのが最初の接点でした。学術的な裏付けもさることながら、研修後には、執行部内の関係構築だけでなく、視座の高さにもつながったという実感がありました。
そのような実体験があったため、EQを子育てに活用できることには驚きとともに期待が高まりました。ただ、どうせやるからには組合としては一方的な座学だけではなく、組合員に寄り添った施策を打ちたい、と考えました。
そこでそもそもの現状を把握するため、組合員約3,400名に向けて子育てと仕事との両立に関するアンケートを実施しました。回答者は450名と思った以上に反応がありました。それだけでなく、半数以上の人が両立に悩んでいて、その上で誰にも相談できていなかったり、対処できなかったりする人がとても多いことに驚いたんです。
また、感情マネジメントの手法を知りたいという希望だけでなく、「他の組合員がどのように両立の工夫をしているかを知りたい」という声もありました。
ワークを通じて初めて知った子どもの要望

――ワークショップは具体的にどのような構成や狙いで実施されましたか?
アンケートの声を踏まえ、ARMの担当者と一緒に相談しながら、テーマを分けて全3回実施することに決定しました。
第1回目…遠隔地からも参加できるようオンラインセミナーとし、EQを使った子育てについて学び、「自分や子供の感情を理解し子供との向き合い方を考えること」を目的とする。
第2回目…組合員のお子様も同伴して様々なワークに取り組み、自分や子供の感情を認識し、「親子間のコミュニケーションを親子で一緒に考えること」を目的とする。
第3回目…子育て中の組合員が登壇する座談会やグループワークを行い、「同じ子育て世帯同士で日々の工夫や悩みを共有して各人の持つ課題の解決を図るとともに、組合員同士の横のつながりを形成すること」を目的とする。
いずれも我々の要望に添って、ARMの担当者が構成や時間をカスタマイズし、それぞれ狙いや内容が異なるプログラムを設計していただきました。

――参加者の反応はどうでしたか?
第1回目では、EQという言葉を初めて知ったという人も多く、反響がありました。また私個人としても、感情や思いをきちんと言語化して伝える大切さを学び、親子間だけでなく夫婦間でも、子育てについてのコミュニケーションが足りていなかったな、という気付きにもなりました。
また、親子同伴の第2回目はお子さんにもワークに参加してもらい、色鉛筆や石などのグッズを使って工作もしながら、自身の気持ちを表現してもらいました。ワークショップは2時間あったのですが、お子さんが飽きないようにスタンプラリー形式でミッションをクリアしてもらったり、全部クリアしたらご褒美のお菓子をあげたりするなど、楽しみながら取り組めるように工夫しました。



ワークショップのなかで、親側がお子さんにマイクを向けて今の感情を伝えるワークがあったのですが、そこで「初めて、子どもが感情爆発したときになぜそうなったのか、どうしたらおさまるのかを子どもから聞くことができた」という組合員もいました。子どもの感情を深掘りすることって、慌ただしい毎日のなかでは意外とできないんですよね。さらに、なぜ今その気持ちなのかを尋ねる、あるいはきちんと伝えることで、相互理解が深まるのだなと学びました。これは当日講師だった米田先生が教えてくださったのですが、親が怒っていたり不機嫌だったりする理由を子どもに伝えることで、子ども側からすると「パパ・ママが不機嫌なのは自分のせいではないんだ」という気持ちの整理ができ、安心につながると。
――参加者同士でセミナーの感想や悩みの共有はありましたか?
3回ともワークショップ後に、自然と組合員同士で悩みや体験を共有する場ができたようです。とくに第3回目では、4名の方に、子育てと仕事の両立についてエピソードや実践方法を発表していただきました。登壇していただく4名は働き方や業務内容が異なった方がより多くの人にとって参考になると思い、営業職や研究開発など職種や部門に偏りが出ないようにしました。

当初は「自分の経験が他の人の役に立つのか」と不安な方もいました。しかし事前に講師や他の登壇者の方と2度ほど打ち合わせを行い、「パートナーとちょっと険悪なムードになることがあるよね」「その話なら私カウンセリングを受けたことがあるので経験を話せるよ」など、家庭内の悩みについてみんなで打ち明け、話し合っていくうちに、どんどん話が固まっていきました。
登壇者の一人はお子さんが発達障害で、自身の経験を他の組合員に伝えることで同じ悩みを抱えている人の参考になれば、と言ってくれました。事前のアンケートにおいてお子さんの発達について悩まれている方が一定数いることがわかり、「同じ悩みを持つ親として話が聞けたのは心強い」という声もありました。環境やお子さんの年齢が変化するにつれて悩みも変わってくると思いますが、今回組合員さんの課題やそこに対する工夫を共有できたことで、今後悩んだときにも参考にしてもらえると思っていますし、また新たな悩みができたときに相談できる関係づくりの一助になっていればいいなと考えています。

今後も親としての共感とつながりを組合が醸成していく

――ワークショップを通じた今回の成果について、教えてください。
普段同じ会社で働いている人のなかでも同じ悩みを共有できる人がいるということは、精神的にとても大きな支えになり、業務上でも声掛けや相談がしやすくなります。そうして結果的に、職場でのコミュニケーションコストが下がることにつながると考えています。
現代はワークライフバランスが重視され両者の関係は切っても切り離せないものですが、やはり職場でプライベートな家庭の事情を話すこと・聞くことにいくらか抵抗感を抱く方は多いと思います。組合内でもとくに男性はその傾向が強く、子育ての悩みについて組合員同士で打ち明けたり、相談したりするのは苦手な人も多いと感じていました。
今回は女性参加が8割程度で男性比率は少ないながらも、「普段周りでこういう話をできる人がいないので、自分の悩みを共有できてよかった」という声がたくさん挙がりました。こうした意見を踏まえ、男性だけのセミナーも検討しています。
子育てと仕事の両立の取り組みは、今回ワークショップを開催して終わり、ではありません。第3回目のテーマでもありましたが、子育てを通じた組合員同士のコミュニティ形成や強化という意味で、このワークショップは第一歩になったかなと思います。
――子育てと仕事の両立について、組合としての展望を教えてください。
実は組合会館では家庭菜園のような小さな畑があるのですが、先日お子さんも連れてきてもらい、一緒に種を植えました。そこで子ども同士でも友達になってつながりができれば、組合員同士での関係構築にもなるし、それこそ労働組合的な支援になるんじゃないかなと思います。
あと、先ほどお伝えしたように、事前アンケートでは約450人の回答があり想定よりは多い印象だったのですが、全体の15%程度と捉えると、まだのびしろはあります。もっと多くの人が自分事として考える機会になればと考えています。共働きが当たり前となった今、できれば責任はどちらかに偏るのではなく、お互いに助け合うマインドセットにつながってほしいですね。
今回実施してみて、「近い属性の人と話したい」という意見も挙がったので、次回以降は性別やお子さんの年齢など、ある程度属性を揃えて実施することも考えています。
組合員の関心をどう包括的に捉えていけるかは、組合の課題でもあります。いずれにせよ、子育てと仕事の両立を組合員みんなで一緒に向き合い、今回のようにパートナーとしてARMさんと伴走しながら、ウェルビーイングの実現につなげていくような活動を積極的に展開していきたいですね。
今回の取り組みなどを通じて組合のプレゼンスを高め、組合員の生活が充実すれば仕事への活力にもつながります。そして組織力が高まれば、ひいては会社としての結束力を向上させることにつながっていく、そんな良い循環を生み出す原動力になればと考えています。
アドバンテッジリスクマネジメント講師の目線から ―
島津労働組合様が組合員にとられた事前アンケート結果から、想像以上に子育てに迷い、悩まれている方が多いことに驚きました。研修では少しでも皆様方が楽しんで受講いただけるよう温かい雰囲気を心掛けました。特にお子様も参加されたセミナーでは、これまで気持ちについて話したり聞いたりすることがほとんどなく、セミナーを通して新たな子どもの側面に気づけたという方が多くいらっしゃったと感じます。EQはプライベートだけでなくお仕事でも良好な対人関係構築につながる能力です。組合員のオンオフ両面を考えた本施策を導入された島津労働組合様に改めて敬意を表します。貴重な機会をありがとうございました。
(第1回目・2回目担当講師:米田 久美子)
第3回目の「仕事と育児の両立を考えるワークショップ」は、事前アンケートで組合員の皆様から寄せられた「両立の工夫を聞きたい」という声にお応えする場としてご一緒に企画させていただきました。
ワークショップ内では4名の方々にご登壇いただき、両立をする上での日々の苦労や職場・家庭での工夫、地域との関わりなど、多様な視点からのリアルなお話に、参加者からも活発なご質問が寄せられていたことが印象的でした。このような語り合いの場そのものが、組合員の皆様の日々のストレスを少し和らげ、共感や安心感につながる場になったのではないかと感じます。性別を問わず多様な方が参加され、組合全体で両立を支え合う姿勢が感じられたこともとても素晴らしいお取り組みだと感じました。
(第3回目担当講師:金丸 由佳里)

今回の組織開発ワークショップのキーとなった「EQ」。アドバンテッジリスクマネジメントでは、役職やそれぞれの課題にあわせさまざまなEQ向上研修をご用意しております。詳しくはこちらから。