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【職業性ストレスを知る】企業が働く人々の心身の健康を守るためにできること

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私たちは日常的にストレスを経験しており、それは職場においても例外ではありません。厚生労働省の調査によれば、全体の58.3%が「現在の仕事や職業生活に関することで、強いストレスとなっていると感じる事柄がある」と回答しています(厚労省,2018)。

すなわち、労働者の約6割近くが職業性ストレスに悩まされているというのが現状です。なお、主なストレスの内容は以下の通りです(図1参照)。

仕事や職業生活に関する強いストレスの主な内容に関する棒グラフ
図1 仕事や職業生活に関する強いストレスの主な内容(厚労省(2018)を一部改変)

労働者の高ストレス状態が長く続くと、心身の健康が阻害されるリスクが高まるだけでなく、個人の仕事へのモチベーションや生産性も低下します。

今や、どこの企業でも従業員のためのストレス対策を講じることが当然となりつつありますが、それらを成功させるためには、最初に職業性ストレスについてきちんと理解し、現状を把握することが重要です。本記事では職業性ストレスがどのように生じるのかを考えてみたいと思います。

そもそもストレスとは何か

ストレスと聞いて、皆さんはどのようなものを思い浮かべますか?

「嫌味な上司と毎日顔を合わせるのはものすごくストレスだ」
「仕事のストレスで胃が痛くなる」


とっさに思い浮かぶのは苦しみや痛み、プレッシャーといったネガティブなイメージかもしれませんが、実際はもう少し広い意味を持っています。本来「ストレス」という言葉は、工学・物理学分野の用語で「物体に加わった外力と物体の反発力によって生じる歪み(ひずみ)」を表すものでした。

それを初めて医学・生理学の用語として人間のからだに当てはめて用いたのが、カナダの生理学者であるセリエ(Selye, 1936)だと言われています。

上記の例のように、私たちが日常的に「ストレス」という言葉で表現する場合、ストレスの原因と結果を区別せずにひとまとめにして「ストレス」と呼んでいることがほとんどです。

しかし、ストレス全般の生起プロセスについて理論的に考えるためには、ストレスの原因と結果の両者を区別する必要があり、ストレスの原因となる「生体に何らかの歪みを起こさせる刺激」のことをストレッサー、「その刺激によって生体内に生じる歪み」のことをストレス反応と呼びます。

したがって、上記の例での「嫌味な上司と毎日顔を合わせる」ことは、厳密には「ストレス反応」を引き起こす原因、すなわち「ストレッサー」ということになります。

そして、ストレス反応は、心理的反応(例 抑うつや職務不満足など)、身体的反応(例 体のさまざまな部分に痛みや不快感を訴える身体愁訴など)、行動的反応(例 遅刻や欠勤、アルコール依存、事故など)の3つに大きく分けられます。

職業性ストレスを説明するモデル

さて、ここからはストレスの中でも職場や労働に関するストレス──いわゆる職業性ストレスが生じるプロセスについて、これまでの研究によって提唱されてきたモデルをご紹介しましょう。

職業性ストレスを説明するモデルはいくつかありますが*1、その中でも代表的と思われる、仕事の要求度―コントロールモデル、NIOSH職業性ストレスモデル、仕事の要求度―資源モデルの3つを取り上げてみたいと思います。

1)仕事の要求度―コントロールモデル

働く人々のストレス反応につながるストレッサーとして、仕事の要求度と個人の裁量権に着目したのが、カラセック(Karasek, 1979)によって1980年代に提唱された「仕事の要求度-コントロールモデル(job demand-control model : JD-Cモデル)」です。

「仕事の要求度」とは、作業にかかわるさまざまなストレッサーのことであり、たとえば、仕事の量、時間などが含まれます。

一方「コントロール」とは知識やスキルの利用範囲、仕事のやり方に対する決定権など、個人の裁量権によって左右されるものを指します。 JD-Cモデルでは、仕事の要求度の高低およびコントロールの高低という2軸の組み合わせによって、働く人々を4群に分類しています(図2参照)。

なかでも、仕事の要求度が高くコントロールが低いことを高ストレイン状態と呼び、心身の不調につながるリスクが高いと想定されています。

仕事の要求度-コントロールモデルに関するイメージ
図2 仕事の要求度―コントロールモデル(Karasek(1979)を一部改変)

JD-Cモデルの大きな特徴は、個人の仕事における裁量権に注目している点だと言えるでしょう。言い換えれば、仕事の要求度が高い場合でも、個人に与えられる裁量権を増やすなどの調整をすることによって、ストレス反応を減らせるかもしれないということです。

さらに、ジョンソンとホール(Johnson & Hall, 1988)は、JD-Cモデルにサポートの軸を追加した「仕事の要求度-コントロールーサポートモデル」を提唱しています。このモデルでは、仕事の要求度が高くコントロールが低いことに加え、周囲との人間関係が良好でなくサポートが得られにくい群において最もストレス反応が高くなると想定しています。

したがって、従業員の職業性ストレスを低減するためには、仕事の要求度を下げるような働きかけが必要になるのと同時に、個人の裁量権や周囲の支援を仕事の要求度に見合うように引き上げるよう努力することも重要ではないかと考えられます。

2) NIOSH職業性ストレスモデル

NIOSH職業性ストレスモデルとは,米国労働安全衛生研究所 (National Institute for Occupational Safety and Health : NIOSH,通称ナイオッシュ)が職業性ストレスに関するさまざまな研究をまとめて作成したモデルのことです(Hurrell & McLaney, 1988)。

このモデルは、仕事のストレス要因(ストレッサー)がストレス反応を引き起こし、その後疾病に至るプロセスにおいて、仕事のストレス要因以外の3つの要因がそれぞれに影響を与えることを想定しています(図3参照)。

つまり、仕事のストレッサーが与える影響にこれらの3つの要因が与える影響が加味された結果、ストレス反応がもたらされることになります。

ここで、仕事上のストレッサーとして考えられるのは、職場環境、役割上の葛藤や役割の不明確さ、人間関係、仕事のコントロール、仕事の量的負荷と変動性、仕事の将来性不安、仕事の要求に対する認識、不十分な技術活用、交代制勤務などです。

仕事の要求度-資源モデルに関するフローチャート
図3 NIOSH職業性ストレスモデル (Hurrell & McLaney(1988)を一部改変)

一方、これらのストレッサーが個人にストレス反応や疾病を引き起こす過程で影響を持つとされる他の要因には、個人的要因、仕事以外の要因、緩衝要因が挙げられます。

1つめの個人要因のうち代表的なものとしては、年齢や性別、婚姻状況、勤続年数や職種などが挙げられます。また、性格傾向や自己評価なども含まれます。

2つめの仕事以外の要因としては、友人関係やパートナーとの関係、育児・介護といったプライベートにかかわる要因などが挙げられるでしょう。

3つめの緩衝要因として代表的なものには、周囲からサポートを得られやすいかどうか(ソーシャル・サポート)があてはまります。

このモデルの特徴は、ストレッサーの影響にさまざまな要因の影響が加味されることによって、ストレス反応が生じることを示している点です。

つまり、ストレッサー以外の要因の存在を考慮することによって、ある状況(ストレッサー)に直面しても、ストレスを感じる人と感じない人がいたり、ストレスを感じてもその程度が異なったりすることの説明が可能となります。

3)仕事の要求度―資源モデル

上記のモデルをふまえ、近年注目されている職業性ストレスを説明するモデルとしては、 「仕事の要求度―資源モデル(Job Demands – Resource model : JD-R モデル)」が挙げられます(Bakker & Demerouti, 2007)。

JD-Rモデルは、仕事の要求度と仕事の資源が、独自にもしくは相互に関連しつつ労働者個人とその組織に影響を与えるというメカニズムを説明するものです。現在では仕事の資源と同様、個人資源もストレス反応を低下させ、ワーク・エンゲージメント*2を高める効果を持つと考えられています(図4参照)。

図4 仕事の要求度―資源モデル(Schaufeli & Taris(2014)を一部改変)

このモデルでは、仕事の要求度がバーンアウトをもたらし、心身の健康を阻害するという「健康阻害プロセス」と、仕事や個人の資源がワーク・エンゲージメントを高め、仕事におけるパフォーマンスを向上させるという「動機づけ(モチベーション)プロセス」によって構成されています。

仕事の資源とは、仕事によるストレスを軽減し、個人の成長や目標達成を促す働きを持つ要因のことであり、たとえば、仕事のコントロールや成長機会、役割の明確さ、上司や同僚のサポート、経営層との信頼関係などです。

一方の個人資源は、個人内に存在する心理的な資源のことであり、自己効力感(自己の有能感)、自尊心、希望、楽観性、レジリエンス(回復力)などが該当します。さらに最近の研究では、情動知能(Emotional Intelligence: EI)や根気なども、個人資源として取り上げられています。

従来の職業性ストレスモデルは、仕事の要求度が従業員に与えるネガティブな影響、すなわち健康阻害プロセスに焦点を当てたものでした。

しかし、このモデルでは、仕事および個人の資源を高めることによって、ワーク・エンゲージメントが向上するというポジティブな側面にも焦点を当てており、この点がJD-Rモデルの最大の特徴であると言えるでしょう。

まとめ

ここまで、働く人々のストレスがいったいどのように生じるのか、その生起プロセスを説明する代表的なモデルについて見てきましたが、いかがでしたでしょうか。

現在では、ストレッサーとストレス反応については単純な直線関係ではなく、そこに至るまでにさまざまな要因が影響を及ぼしていると考えるのが一般的です。

それぞれの企業において職業性ストレス対策を考える際は、ストレッサーやストレス反応を直接的に軽減、解消させるための対策を立てるだけでなく、その間に存在するさまざまな要因に対するアプローチについても視野に入れると良いでしょう。

たとえば、従業員個人へのアプローチとしては、ストレス耐性や自己効力感を高める研修を取り入れることや、周囲のサポート体制を強化することも対処法として有効だと思われます。

また、このようなストレッサー以外の要因へのアプローチを通じて仕事や個人の資源の向上を図ることによって、ワーク・エンゲージメントを高めることにもつながります。

エンゲージメントが高い従業員はストレス反応が低いという報告もあり、働く人々のストレス対策においてエンゲージメントが果たす役割は、今後より一層重要なものとなっていくでしょう。

脚注
*1 本記事で取り上げたもの以外にも、「努力―報酬不均衡モデル(Effort-Reward Imbalance Model : ERIモデル)」と呼ばれるモデルがあります(Siegrist, 1996)。
このモデルは、努力と報酬という2要因を軸に職場のストレス状況を把握しようとするものであり、個人が投入した努力と、その結果得られるべきもしくは得られることが期待される報酬との均衡がとれていない、すなわち高い努力に対して低い報酬しか得られない場合にストレス反応が生じるというものです。
「努力」としては仕事の要求度、責任、負担が、「報酬」としては心理的な尊重、金銭的報酬、雇用の安定性、昇進に関連する報酬、地位などが該当します。また、仕事に過度にのめりこむ個人要因として、仕事で認められたいという欲求と関連するオーバーコミットメントにも着目しており、これによって努力と報酬の不均衡が促進されると考えられています。
*2 ワーク・エンゲージメントは、「仕事に関連するポジティブで充実した心理状態であり、特定の対象、出来事、個人、行動などに向けられた一時的な状態ではなく、仕事に向けられた持続的かつ全般的な感情と認知(Schaufeli et al., 2002)」と定義され、活力(仕事に積極的に取り組んでいる)、熱意(仕事に誇りややりがいを感じている)、没頭(仕事に集中して取り組んでいる)によって特徴づけられます。

引用文献
1) 厚生労働省(2018). 平成29年度「労働安全衛生調査(実態調査)結果の概況」労働者調査
2) Selye, H. (1936). A syndrome produced by diverse nocuous agents. Nature, 138, 32.
3) Karasek Jr, R. A. (1979). Job demands, job decision latitude, and mental strain: Implications for job redesign. Administrative science quarterly, 24, 285-308.
4) Johnson, J. V., & Hall, E. M. (1988). Job strain, work place social support, and cardiovascular disease: a cross-sectional study of a random sample of the Swedish working population. American journal of public health, 78, 1336-1342.
5) Bakker, A. B., & Demerouti, E. (2007). The job demands-resources model: State of the art. Journal of managerial psychology, 22, 309-328.
6) Schaufeli, W. B., & Taris, T. W. (2014). A critical review of the job demands-resources model: Implications for improving work and health. In Bridging occupational, organizational and public health (pp. 43-68). Springer, Dordrecht.

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【筆者プロフィール】

中川紗江
株式会社アドバンテッジリスクマネジメント 調査研究部 研究員
ストレス科学・産業組織心理学・精神生理学が専門。嘱託・非常勤講師として同志社大学心理学部その他多数の大学・専門学校で心理学関連の講義および実習を担当(2015年4月~2018年2月)。また、京都府立医科大学神経内科および滋賀医科大学脳神経外科学講座で心理士として認知症患者を対象とした知能検査を担当(2009年4月~2018年2月)。分担執筆「感情制御ハンドブック」(2022年刊行)北大路書房

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