近年、職場のメンタルヘルス対策は法改正や健康経営の推進により重要性を増しています。しかし、心の健康関連サービスの導入に際しては、ニーズに合ったサービス選択の難しさやサービスの品質および有効性の不透明さ評価基準の欠如など、さまざまな課題が存在します。こうした課題の背景を整理し、職場のメンタルヘルス対策を検討している企業が適切なサービスを選択・活用するために押さえるべきポイントを具体的に解説します。
目次
職場のメンタルヘルス対策の現状と重要性
2015年12月に労働安全衛生法改正が施行され、従業員数50人以上の事業場でストレスチェックが義務化されて以来、職域における心の健康の保持増進、つまり職場のメンタルヘルス対策に力を入れる企業は増え続けています。さらに近年では、健康経営など組織の生産性向上への効果を期待する観点からも、職場のメンタルヘルス対策の取り組みが一層推進されるようになりました。すなわち、従業員等の健康保持・増進のための取り組みが、将来的に収益性等を高める投資であるとの考えの下、企業が経営的視点から従業員等の健康管理について考え戦略的に実践していくことは、従業員の活力向上や生産性の向上といった組織の活性化をもたらすだけでなく、結果的に業績向上や組織としての価値向上にも繋がると期待されているのです。
メンタルヘルス関連サービスの課題
ところが、2021年に経済産業省が実施した調査によると、約3分の1から半数の企業が心の健康に関する各取り組みについて「役立っていない」もしくは「役立っているか分からない」と回答しており、メンタルヘルス対策への取り組みに対して十分な効果を実感できていない企業が一定程度存在することが分かります。中でも特に外部委託のみの取り組みの場合にこの傾向が強いことが明らかとなりました(図1)。

上記調査の結果から、企業が抱えるメンタルヘルスに関する課題と、それを解決するために導入されたサービスの間に齟齬が生じていることが示され、その要因としては①サービスの選択に関する課題、②サービスの品質確保に関する課題の2つが考えられます。
サービス選択に関する課題
1つ目のサービスの選択に関する課題としては、たとえば「自社の課題に対してどのようなサービスが活用出来るのか分からない」「サービスの明確な評価基準がなく、適切なサービスを選択することが難しい」といったものが挙げられます。
サービス品質確保に関する課題
2つ目のサービスの品質確保に関する課題としては、「明確な評価基準が定められていないため、開発・提供の各段階でサービスの品質が確保されない」といった問題が考えられます。
サービス選択・品質確保のための情報開示の必要性
これらの課題を解消し、各企業が抱える心の健康に関する課題に沿った質の高い製品・サービスを普及していくためには、需要側と供給側双方の間の情報格差を解消していくことが必要となります。まず、需要側である企業・雇用主は、従業員の心の健康を保持増進する重要性を改めて認識すると同時に、組織や個人のニーズに対応するエビデンスに基づいた製品・サービスを比較検討した上で利用できる環境を整備していくことが必要となるでしょう。
一方、供給側であるサービス提供事業者においては、特にストレスチェックの法制化以降、産業保健分野以外からの新規参入や多様で革新的な新サービスの開発等が相次いでいるにもかかわらず、サービスの有用性や品質は依然として不透明なままであることが現状です。したがって、今後サービス提供事業者に求められることは、需要側が各々のニーズに合ったサービスを選択するにあたって必要となる情報を開示・提供することになります。そのためには、科学的知見に基づいて設計された検証計画に沿って当該製品やサービスの効果を測定し、エビデンスを十分に測定していくことが重要です。
心の健康関連サービス選択時に求められる情報
企業側がサービスを選択・導入するにあたって、具体的にどのような情報が求められるのかについては、令和5年(2023年)に設置された「職域における心の健康関連サービス活用に向けた研究会1)」の活動成果をとりまとめられた提言(「職域の心の健康関連サービスの創出と活用に向けてー民間サービスの情報開示のあり方―」)が参考になるでしょう。
提言の概要とソリューション分類
本提言は全3章から成り立っており、第1章では職域の心の健康分野における産業育成の方向性について述べています。そこでは、心の健康に関する取り組み強化の必要性や産業育成における課題をふまえながら、本提言のねらいと波及効果について説明しています。同時に、本提言が対象とするソリューション(製品・サービス)についての整理を行い、職場の心の健康に関する取り組みを「体制・業務構築」「現状分析・評価」「対策」の3ステップに分けた上で、各ステップに紐づくソリューションを4つのカテゴリのいずれかに分類しています(表1)。

各ソリューションの概要については「職域における心の健康関連サービス活用に向けた研究会」の作成した提言にて詳しくまとめられていますので、ご関心のある方はそちらもあわせてご覧ください。
サービスの情報開示項目
さらに、「第3章 サービスの情報開示のあり方」では、企業が自社の課題に応じたサービスを選択するために、サービスの比較を可能にする共通の尺度(情報開示項目)がとりまとめられています。
開示事項の整理にあたっては、サービス提供事業者部会が作成した開示事項案に基づいて実際に提供されているサービスの開示情報を収集した上で、開示事項の妥当性について検証されています。また、雇用主側のニーズについても、雇用主で構成される雇用主部会で検討されたほか、雇用主向けアンケートやワークショップを通じて、サービスへのニーズや重視する開示事項の調査などが実施されました。
まず、サービス全般に求められる開示事項としては、以下の項目が挙げられています。
- 期待される効果およびその根拠
- サービス導入後の有用性評価・リピート
- 提供実績
- 専門家による品質担保
- 導入・利用促進支援
- サービス提供不可範囲
- 有害事象のモニタリング など
また、事業者情報として求められる開示事項としては、以下のような項目があります。
- 事業者の得意領域
- 財務情報の開示可否
- 提供可能エリア
- サービス提供体制
- 情報セキュリティ
- 情報開示請求への対応
- 人的資本に関わる情報 など
提言内では、さらに表1における対象ソリューションの分類カテゴリを元に、サービスの特性や機能に応じて求められる開示事項についても整理されています。
これらに基づいて心の健康関連サービス及び提供事業者に関する情報が開示されれば、雇用主側も自社のニーズに適した、なおかつ一定の品質が確保されたサービスを選択することが可能となります。また、情報開示を通じてサービスの品質や有用性を担保する仕組みが構築されることによって、提供者側にとってもサービスに求められる価値や品質が明確になります。これにより、より良いサービスを提供するための研究開発や商品開発が活性化され、雇用主側における心の健康関連の課題の解消やパフォーマンスの向上へとつながることが期待されます。
まとめ
今回は、職場においてメンタルヘルス対策を推進する際のサービス提供事業者の課題、および心の健康関連サービス選択時に求められる情報についてご紹介しました。
◼︎2021年の経済産業省の調査では、約3分の1から半数の企業が心の健康に関する各取り組みについて「役立っていない」もしくは「役立っているか分からない」と回答しており、中でも特に外部委託のみで実施している場合にこの傾向が強い
◼︎企業のメンタルヘルス対策において需要側と供給側にずれが生じる要因としては、①サービスの選択に関する課題、②サービスの品質確保に関する課題の2つが考えられる
◼︎雇用主側がサービスを選択するにあたって必要となる情報をサービス提供事業者が開示・提供していくためには、科学的知見に基づいた検証計画に沿って当該製品やサービスの効果を測定し、それらを対外的に示していくことが重要である
◼︎「職域における心の健康関連サービス活用に向けた研究会」の提言において整理された開示事項に基づいて情報が開示されることで、雇用主側は自社のニーズに合った適切なサービスを選択することが可能になる
参考文献
職域における心の健康関連サービス活用に向けた研究会. 職域の心の健康関連サービスの創出と活用に向けて―民間サービスの情報開示のあり方―
NTTデータ経営研究所. 令和3年度ヘルスケアサービス社会実装事業(心の健康保持増進に関する製品・サービスの普及に向けた調査事業)調査報告書.
脚注
1)この研究会は、健康経営を推進する企業、心の健康関連のサービス提供事業者、学識者等とともに設置されたものであり、従業員支援プログラム(Employee Assistance Programs;以下EAPとする)およびデジタルツールを用いたメンタルヘルスサービス(Digital Mental Health;以下DMHとする)に着目して、企業が心の健康関連サービスを選択するために必要な情報開示項目の整理や、サービスの選択を支援するためのツールのプロトタイプを開発・検証を行うことを目的としている。

