コロナ禍におけるテレワークと働く人々の精神的健康 ~ワークライフバランスの観点から~

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コロナ禍におけるテレワーク

新型コロナウイルスCOVID-19の世界的流行は、マスクの着用をはじめとして人々の生活様式に様々な影響を与えると同時に人々の働き方にも大きな変化をもたらしましたが、各企業における感染拡大防止や事業継続を目的としたテレワークの導入もその一つとして挙げられるでしょう。

テレワークとは「情報通信技術(ICT=Information and Communication Technology)を活用した、時間や場所を有効に活用できる柔軟な働き方」と定義されています(厚生労働省, 2019)。 Tele(離れて)とWork(仕事)を組み合わせた造語であり,企業等に雇用される従業員が本拠地以外の場所でICTを使って仕事をすることを指します。さらに、テレワークは働く場所によって,勤務者の自宅を就業場所とする在宅勤務、移動中の交通機関や顧客先、カフェ、ホテルなどを就業場所とするモバイル勤務、本拠地のオフィスから離れたところに設置された部門共用オフィスなどの施設を利用して就業するサテライトオフィス勤務に分類されます。

総務省(2022)の「令和3年度通信利用動向調査」によると、令和元年以降、テレワーク導入企業は年々増加傾向にあり、令和3年には回答企業(n=2,393)の半数を超える51.9%がテレワークを導入していると回答しています(図1)。

図1 企業におけるテレワークの導入状況
図1 企業におけるテレワークの導入状況
(総務省の「令和3年度通信利用動向調査の結果」を元に筆者が作成)

コロナ禍におけるテレワークとワークライフバランス

従来、テレワークは政府が進める「働き方改革」を背景として、「仕事と生活の調和(ワークライフバランス)の実現」を働く人たちにもたらし、業務効率および生産性の向上を目指すためのものとしての側面を期待されていました。テレワークによるメリットとしては、通勤による心身への負担の減少や家事に充てられる時間の増加、隙間時間の有効活用などが考えられ、働く場所と自分の時間を柔軟にコントロール出来るようになることで、ワークライフバランスの向上にもつながります。さらに、良好なワークライフバランスは精神的健康を向上させる要因の一つとしてみなされることから、ワークライフバランスの維持は働く人のメンタルヘルス対策においても不可欠であると考えられます。

一方、コロナ禍におけるテレワークは、主に感染拡大防止や事業継続のためのものであり、従来の意図、すなわち、ワークライフバランスの実現を目指して導入されたものとは少し事情が異なります。「令和3年度通信利用動向調査」においても、テレワークの導入目的として「新型コロナウイルス感染症への対応(感染防止や事業継続)のため」と回答した割合が90%以上を占めています(経産省、2022)。

このような状況下で実施されるテレワークが働く人のワークライフバランスに与える影響は、必ずしもポジティブなものばかりであるとは限りません。理由としては、働く人の希望にかかわらずテレワークせざるを得なくなったこと、仕事環境や業務管理などの事前準備が不十分な状態での導入を余儀なくされたケースも少なくないこと、感染症の流行に伴うステイホームの一環でもあるため在宅勤務以外の選択肢がなく勤務場所の柔軟性が損なわれること、などが挙げられるでしょう。また、テレワークは、上述のようにワークライフバランスの向上に寄与する一方で、働く人の仕事と家庭を含むプライベートの境界が場所的にも時間的にも曖昧になりやすく、「長時間労働につながる」「自宅に居ても心身が休まらない」といったネガティブな影響を及ぼす可能性も指摘されています。

日本渡航医学会・日本産業衛生学会(2022)による「職域のための新型コロナウイルス感染症対策ガイド(第6版)」でも、在宅勤務時のポイントについて、①業務とプライベートの切り分け、②コミュニケーション方法の検討、③在宅勤務の限界を理解する、④就業配慮と在宅勤務、が重要であると述べられています。

そこで本記事では、COVID-19の流行に伴って導入されたテレワーク(在宅勤務)が働く人の精神的健康に及ぼす影響について、「同居家族の状況」および「在宅勤務の希望度合い」というワークライフバランスにも関連する新たな観点から検討している2つの研究をご紹介します。

コロナ禍の在宅勤務における同居家族の状況と働く人の精神的健康

一つめに紹介するのは、産業医科大学のグループによる研究です。池之内ら(2023)は、COVID-19流行下における在宅勤務が働く人の心理的苦痛に与える影響について、働く人の同居家族の状況という観点からの検討を試みています。
具体的な研究方法としては、フルタイムで働く人約2万7千名を対象に、在宅勤務の経験、および在宅勤務における同居家族の状況に基づく参加者の心理的苦痛の違いを評価しました。本研究では、在宅勤務者の心理的苦痛を、同居者の種類(要介護家族、未就学児、小学生、配偶者)別に検討しています。働く人 その結果、以下のことが明らかとなりました。

① COVID-19のパンデミック下において働く人々のうち在宅勤務を経験した人は、そうでない人に比べて高いレベルの心理的苦痛を経験していること
② 在宅勤務者のうち、要介護者や子供と同居している人は、そうでない人に比べて高い心理的苦痛を訴えていること

この研究では、在宅勤務における仕事とプライベートの境界を設定することの困難さが、仕事と家庭の間の葛藤(コンフリクト)に関連したストレスを増大させる可能性が指摘されています。特にCOVID-19の流行期には、保育所や老人ホーム、高齢者向けデイサービスが閉鎖され、働く人本人だけでなく家庭内の同居家族の状況にも大きな変化が生じていました。さらに、自宅に適切なワークスペースの用意がない場合、働く人と同居家族は同じ空間で長時間過ごす必要があります。それにより、仕事に対する集中力の持続が困難になったり、家事の増加に伴って労働時間も長くなったりするなど、仕事と家庭の境界が一層曖昧になりやすく、結果としてワークライフバランスの低下やメンタルヘルスの不調に繋がったのではないかと考えられます。

コロナ禍の在宅勤務における在宅勤務の希望度合いと働く人の精神的健康

2つめに紹介するのは、同じく、産業医科大学グループによる研究です。大塚ら(2021)は、COVID-19流行期における在宅勤務の希望度合い(どの程度在宅勤務をしたいか)と在宅勤務頻度のミスマッチが、働く人の心理的苦痛とどのように関連するかを検討しています。
方法としては、日本国内の働く人約2万名を対象に、在宅勤務の希望度合いと頻度、および心理的苦痛についてインターネット調査を行い、関連を検討しました。さらに、在宅勤務の希望度合いで検討した結果、以下の通りでした。

在宅勤務を希望しない人は、在宅勤務の頻度が高くなるにつれて心理的苦痛が増加すること
在宅勤務を希望する人は、在宅勤務の頻度が高くなるにつれて心理的苦痛が減少すること
在宅勤務でも出社でもどちらでも構わない人は、在宅勤務の頻度と心理的苦痛の間に関連は見られなかったこと

したがって、在宅勤務の頻度と心理的苦痛の関連は、働く人が在宅勤務を希望するかどうかによって方向性が異なり、在宅勤務は必ずしも働く人のメンタルヘルスにポジティブな影響を与えるわけではないということが明らかになりました。
大塚らは、働く人が在宅勤務を希望しない(好まない)理由について、①在宅勤務に適した環境や設定(物理的環境)の有無、②働く人の同居状況、③業務において顧客や同僚とのコミュニケーションを重視する度合い、の3点から考察しています。 
言い換えれば、在宅勤務を好む働く人は上記の課題に当てはまらない、もしくは解決している可能性が高く、在宅勤務をすることでワークライフバランスの向上やメンタルヘルスの維持といった従来の結果に繋がったのかもしれません。

まとめ

本記事では、COVID-19の流行に伴って導入されたテレワーク(在宅勤務)が働く人の精神的健康に及ぼす影響について、ワークライフバランスという観点も踏まえながら検討している実証研究についてご紹介しました。従来、テレワークは仕事の場所と時間のコントロールが可能になるという特徴から、ワークライフバランスを実現させるための柔軟な働き方であると考えられていました。しかしながら、コロナ禍における事業継続のために導入が進められたテレワークでは、同居家族の状況や在宅勤務の希望といった複数の要因が絡むことによって、働く人のワークライフバランスの低下に繋がったり、精神的健康に悪影響を及ぼしたりする可能性が指摘されています。

したがって、コロナ禍での在宅勤務におけるストレスを少しでも低減させるためには、働く人自身のセルフケアおよび「仕事と家庭の分離」という意識が重要になります。それだけでなく、企業組織側が同居家族のいる働く人に対する心理的・社会的サポートをより充実させたり、オフィスやコワーキングスペースといった自宅以外の場所で働いたりという選択肢を提供するための施策を検討していく必要があるでしょう。

引用文献
厚生労働省 (2023). テレワークとは <2023年2月27日アクセス>
https://telework.mhlw.go.jp/telework/about/
総務省(2022). 令和3年度通信利用動向調査 <2023年3月8日アクセス>
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/statistics/data/220527_1.pdf
日本渡航医学会・日本産業衛生学会(2022). 職域のための新型コロナウイルス感染症対策ガイド第6版<2023年3月15日アクセス>
https://www.sanei.or.jp/files/topics/covid/COVID-19guide221227koukai.pdf
Ikenouchi, A., Fujino, Y., Matsugaki, R., Mafune, K., Ando, H., Nagata, T., Tateishi, S., Yoshimura, R., & Tsuji, M. (2023). The effects of telecommuting and family cohabiting situation on psychological distress in Japanese workers during the COVID-19 pandemic: A cross-sectional study. Journal of Occupational Health, 65(1), e12391.
Otsuka, S., Ishimaru, T., Nagata, M., Tateishi, S., Eguchi, H., Tsuji, M., Ogami, A., Matsuda, S., & Fujino, Y. (2021). A cross-sectional study of the mismatch between telecommuting preference and frequency associated with psychological distress among Japanese workers in the COVID-19 pandemic. Journal of occupational and environmental medicine, 63(9), e636-e640.

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【筆者プロフィール】

中川紗江
株式会社アドバンテッジリスクマネジメント 調査研究部 研究員
ストレス科学・産業組織心理学・精神生理学が専門。嘱託・非常勤講師として同志社大学心理学部その他多数の大学・専門学校で心理学関連の講義および実習を担当(2015年4月~2018年2月)。また、京都府立医科大学神経内科および滋賀医科大学脳神経外科学講座で心理士として認知症患者を対象とした知能検査を担当(2009年4月~2018年2月)。分担執筆「感情制御ハンドブック」(2022年刊行)北大路書房

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